元予備校講師、木彫りグマのブログ

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平成30年史 パンナ・コッタが流行し、短命内閣が続き、猛暑に見舞われた平成6年(1994年)

こんにちは。木彫りグマです。

 

平成の歴史を振り返る平成30年史。第6回は平成6年(1994年)をとりあげます。

 

国際的に見ると、北朝鮮金日成主席の死去や中東和平でのノーベル平和賞南アフリカマンデラ大統領誕生、北アイルランド和平など時代の変化をうかがわせるニュースがありました。

 

その一方、ルワンダボスニアの内戦が深刻化するなど、ポスト冷戦時代の民族紛争が目立った一年でした。

 

国内では、細川内閣、羽田内閣、村山内閣と1年で3つの内閣が交替するなど、政治的に不安定な年でしたね。

 

経済面ではリストラや価格破壊など、デフレの傾向が鮮明になり、記録的な円高が輸出産業に打撃を与えた1年です。

 

前年の平成5年について知りたい方はこちらの記事をどうぞ

 

 平成30年史 政治も気候も激動に見舞われた平成5年(1993年)

kiboriguma.hatenadiary.jp

それでは、平成6年(1994年)について、振り返ってみましょう。

 

 

 

 

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<a href="https://www.photo-ac.com/profile/2411212">Colline</a>さんによる<a href="https://www.photo-ac.com/">写真AC</a>からの写真

国内政治の動き

 

1993年に政権交代を果たした細川内閣は国民福祉税構想などで大きく動揺しました。

この年の4月8日、細川首相が辞意を表明。

後継首相選びが活発化します。

 

4月25日、衆議院首班指名選挙が行われ、新生党公明党社会党などを連立与党とする羽田孜内閣が成立しました。

羽田内閣成立後、新生党日本新党民社党自由党・改革の会が統一会派「改新」を結成したことで、社会党との関係が悪化。社会党の連立離脱を招きました。

 

連立が維持できなくなった羽田内閣は総辞職します。

「改新」との対立で連立を離脱した社会党と、前年下野した自民党、そして新党さきがけが連立を組むことで村山富市内閣が成立します。

 

また、細川内閣時代の3月24日に小選挙区比例代表並立制を柱とする選挙改革法案が可決されました。

 

 

社会・経済面の動き

1994年6月27日、松本市で松本サリン事件が発生しました。

オウム真理教の信者らが猛毒のサリンを一般市民に対して無差別に使用した事件です。

このとき、マスコミは第一通報者である一般人の河野義行さんをあたかも犯人であるかのように報じてしまう「冤罪」未遂の報道をしてしまいました。

 

その後の捜査で、犯人がオウム真理教の信者であることが判明。

翌年におきる地下鉄サリン事件などとも一緒に捜査されることで徐々に真相が明らかにされます。

報道の在り方について深く考えさせられると同時に、現在の「炎上」にも通じる点があると感じますね。

 

経済面では景気の落ち込みがはっきりと認識されるようになります。

バブル経済の象徴としてしばしばニュースに登場していたジュリアナ東京が閉店したのもこの年でしたね。

 

また、為替相場では1ドル100円を切る円高となり、輸出関連企業を中心に打撃を受けます。

城南信用金庫が懸賞金付き定期預金の取り扱いを開始したことも話題となりました。

徐々にではありますが、規制緩和している様子が伺えます。

 

天候・気象については、前年の冷夏とはうってかわり猛暑となりました。

全国各地で水不足が深刻化し、報道で大きく取り上げられます。

米は豊作。

前年におきた平成の米騒動は急速に鎮静化しました。

 

 

エンターテイメント、スイーツなど

 

1994年はSonyから「プレイステーション」、SEGAから「セガサターン」という新型のハードが出され、ゲームのハード戦争が過熱します。

当時はどちらもすごい人気でしたが、最終的に生き残ったのは「プレイステーション」のシリーズでした。

SEGAはハードよりもソフトの生産へとシフトしていきます。

 

1994年から95年にかけてヒットした作品が「家なき子」。

主演の安達祐実は当時12歳。作中で登場する「同情するなら金をくれ!」というセリフは新語・流行語大賞に選ばれましたね。

シリーズ2作品とも平均視聴率が20%を越えるヒット作品となり、映画も制作されました。

 

函館出身のロックバンド「GLAY」がインディーズレーベルからアルバム『灰とダイヤモンド』をリリースしたのが1994年でした。

GLAYはその後たびたびオリコン1位を獲得するヒットを連発し、日本を代表するロックバンドの一つに成長します。

 

『10秒チャージ・2時間キープ』のキャッチコピーで販売されたのが、森永製菓の「ウィダーインゼリー」。

今ではコンビニでも売られているスタンダード商品ですが、当時はとても斬新なゼリーに思えましたね。

2018年からは「ウィダー」の名前を外して森永のブランドとして販売していますよ。

 

1994年にヒットしたスイーツは「パンナ・コッタ」。

今聞くと、ちょっと懐かしい感じもしますが、当時は「いったい何?」という疑問の方が先立ちましたね。

つるりとしたくちどけの甘いデザート。

しかし、結構高カロリーだったので、体重を気にしている方はご用心。でも、おいしいんですよね(笑)

 

以上、1994年をサラッと振り返ってみました。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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