
あなたは、一度言ってしまった言葉を取り消せたらと思ったことはありませんか?
SNSに投稿した内容を後悔したことは?
そんな「あの時に戻れたら…」という思いを3000年前の中国の人々も抱いていたのです。
彼らの知恵が凝縮された「覆水盆に返らず」という言葉には、現代を生きる私たちにも響く深い意味が隠されています。
この話の主人公である呂尚は、貧しい釣り人から一国の軍師へと上り詰めた男。
彼の人生の転機と、そこから生まれた言葉の真意を探ることで、私たちの日常生活にも役立つ驚きの教訓が見えてきます。
SNS時代を生きる高校生や若者にとって、この3000年の時を超えた知恵は、きっと新鮮な発見となるはずです。
「覆水盆に返らず」とは?

覆水盆に返らずは、今から3000年前に生きた”太公望”の言葉がもとになった故事成語です。
ここでは、覆水盆に返らずの意味と由来となった出来事(故事)について解説します。
覆水盆に返らずの意味
「覆水盆に返らず」は、「ふくすいぼんにかえらず」と読みます。
この言葉は、もともと「一度別れた夫婦は元の関係に戻ることが難しい」という意味を持っていました。
しかし、現在ではより広い意味で使われるようになり、「一度起こってしまったことは、もう取り返しがつかない」という教訓を表すようになりました。
「覆水盆に収め難し」や「覆水不返」などと書くこともあります。
覆水盆に返らずの故事
昔、中国に呂尚という人物がいました。
呂尚は毎日本を読むことに夢中で、仕事をせずに過ごしていました。
そのため、妻は呂尚に愛想を尽かして家を出てしまいました。
しかし、その後の呂尚の人生は大きく変わります。
周の文王や武王の軍師として才能を発揮し、重要な戦いで功績を上げたのです。
その褒美として、山東半島の斉の地に広大な土地を与えられ、斉公という高い地位を得ることができました。
かつての妻は、呂尚の成功を聞きつけて戻ってきました。
しかし、呂尚は彼女を受け入れませんでした。
お盆の水をひっくり返し、「この水を元に戻せたら復縁してもいい」と言ったのです。
これは不可能な要求でした。
元妻は復縁をあきらめたといいます。
この話には深い教訓が含まれています。
一度失った信頼や関係を元に戻すことは、とても難しいということです。
現代のSNS社会でも、軽率な一言で築き上げてきた信用を失うことがあります。
このエピソードは、私たちの言動の重要性を改めて考えさせてくれる、意味深い物語なのです。
”太公望”呂尚とは?

太公望は釣りの名手を指す言葉として今でも使われています。
隠遁生活
呂尚は、姓は姜、氏は呂、字は子牙、諱は尚と伝えられます。
そのため、一般的には氏と諱を取って呂尚と呼ばれます。
『史記』では、東シナ海沿岸の出身で伝説の帝王である禹(う)を補佐した一族の出身と伝えられます。
呂尚の前半生はよくわかっておらず、屠殺人だったとも、飲食業者だったとも伝わります。
先ほどの「覆水盆に返らず」は、これらの仕事もせず、家で隠遁生活を送っていたころのエピソードかもしれません。
周の文王との出会い
呂尚の人生が大きく変わったきっかけは、周の文王との出会いでした。
文王は、残虐な君主として知られる殷の紂王の時代に生きていました。
実際、文王自身も紂王に殺害されそうになったこともあります。
ある日のこと、文王が狩りに出かける準備をしていると、占い師から「今日の狩りでは獲物ではなく、優秀な人材と出会えるでしょう」という予言を受けました。
その言葉を胸に狩りに出かけた文王は、渭水という川のほとりで釣りをしている呂尚という男性を見つけました。
占いの言葉を思い出した文王は、もしかしたらこの男性が予言の「人材」かもしれないと考え、呂尚に声をかけました。
二人は長い時間語り合い、文王は呂尚の優れた才能と知恵に感銘を受けました。
その結果、文王は呂尚を自分の軍師として迎え入れることにしたのです。
こうして、呂尚は周の軍師となり、彼の人生は劇的に変化することになりました。
武王を助け殷を滅ぼす
文王が亡くなった後、その子である武王が跡を継ぎました。
紀元前1027年または紀元前1046年に、武王は暴力的な支配をしていた殷の王である紂王に対して戦いを挑みます。
この時、紂王の残虐な支配を嫌っていた各地の諸侯たちは、武王のもとへ集まり、彼を支援しました。
この戦いは「牧野の戦い」として知られています。
伝えられるところによれば、紂王が集めた殷の軍隊は、武王の率いる周の軍隊よりも人数が多かったようですが、呂尚によって鍛えられた周の軍隊の勢いや強さを恐れ、殷の軍隊は逃げ出し、敗北しました。
戦いに勝利した武王は、殷の王朝を滅ぼした後、自分の一族や戦いで功績を立てた家臣に土地を与えて、新たな諸侯として任命しました。
牧野の戦いで特に活躍した呂尚も、現在の山東省にある斉という地を与えられ、諸侯の一人となりました。
「覆水盆に返らず」の類語
覆水盆に返らずは、取り返しがつかないことの例えでよく用いられますが、似た意味の言葉も存在します。
ここでは、「後悔先に立たず」と「It is no use crying over spilt milk.」の2つを紹介します。
後悔先に立たず
後悔先に立たずとは、してしまったことを悔やんでも取り返しがつかないことをあらわした言葉です。
あとから、「ああしておけばよかった」「こうするべきだった」と悔やんでも遅いという意味で用いられます。
It is no use crying over spilt milk.
英語のことわざで、直訳すると「ミルクをこぼして泣いても無駄である」となります。
ミルクをこぼしてから泣いたところで、どうすることもできません。
むしろ、二度と同じことを繰り返さないことが重要だと諭す際に用いられます。
まとめ
「覆水盆に返らず」は、単なる古い言葉ではなく、現代社会にも通じる重要な教訓を含んでいます。
一度失った信頼や関係を元に戻すことの困難さを示すこの言葉は、私たちの言動の重要性を再認識させてくれます。
特にSNSが普及した現代では、軽率な一言が取り返しのつかない結果を招くことがあります。
この故事成語の背景にある太公望の人生や、関連する言葉を学ぶことで、より慎重に行動し、後悔のない人生を送るための指針を得ることができるでしょう。