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「和歌の力を説いた紀貫之~古今和歌集「仮名序」を読み解く~」

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三十一文字の「和歌」は、SNS全盛の現代にこそ輝きを放つ芸術かもしれません。平安時代紀貫之は「人の心を種として」と和歌の本質を語りました。その言葉は千年以上の時を超え、今なお私たちの心に響きます。

スマホの通知音が絶え間なく鳴る日常で、季節の移ろいや恋心を詠む和歌の世界は、失われた豊かな感性を取り戻すヒントになるのではないでしょうか。古の歌人たちが紡いだ言葉の結晶から、現代を生きるヒントを探る旅に出かけましょう。

 

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和歌と現代は関わりがある?

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和歌は1300年以上の歴史を持つ日本の伝統文化ですが、現代社会においても重要な意味を持ち続けています。

特に、SNSの短文投稿が日常となった今日では、三十一文字で思いを伝える和歌の簡潔な表現形式が、むしろ新鮮かもしれません。

また、和歌には四季や恋、別れなど、普遍的な感情や情景が詠まれています。

これらのテーマは時代を超えて人々の心に響き、現代人の感情表現やコミュニケーションの手段としても活用できます。

さらに、スマートフォンやパソコンに囲まれた日常で、和歌を詠むことは、自然や季節の移ろいに目を向け、心を落ち着かせる良い機会となります。

学校行事や結婚式などでも和歌が朗読される機会は多く、伝統と現代をつなぐ架け橋として、和歌は今なお私たちの生活に息づいているのです。

 

古今和歌集とは?

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古今和歌集は、どんな和歌集なのでしょうか。

いくつかの要素に分けて分析してみましょう。

日本最初の勅撰和歌集

古今和歌集の編纂を命じたのは醍醐天皇で、彼の時代は「延喜の治」として知られています。

天皇が命じて作らせた和歌集を勅撰和歌集といいますが、古今和歌集は日本最初の勅撰和歌集として知られています。

編集を命じられたのは次の4名です。

彼らはトップクラスの歌人であり、最初の勅撰和歌集の選者にふさわしい人たちだったといえるでしょう。

壬生忠岑の子である壬生忠見も優れた歌人として有名でした。

壬生忠見のエピソードも魅力的ですので、興味がある方は下の記事をお読みください。

 

kiboriguma.hatenadiary.jp

成立時期

古今和歌集が成立したのは905年(延喜5年)頃と考えられています。

漢詩文が全盛期だった時代に、貴族社会の中で和歌を復活させて地位を上げようとしたとされます。

合計で約1,100首もの和歌が納められ、序文として「仮名序」と「真名序」が添えられています。

歌風

古今和歌集の歌風は「優美で繊細」とされます。

雄大でおおらかな万葉集と比べて理知的で繊細な歌風でした。

「仮名序」と「真名序」

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古今和歌集には、「仮名序」と「真名序」という2つの序文が添えられています。

 

「仮名序」

「仮名序」は平安時代歌人紀貫之が書いた文章で、最初に和歌とは何なのかという本質的な説明から始まります。

その後、和歌がどのように生まれ、発展してきたのかを説明しています。

次に貫之は和歌を6つの種類に分けて、それぞれの特徴を丁寧に説明し、和歌はどうあるべきかという理想の形について語ります。

そして、素晴らしい和歌を詠んだ手本として、柿本人麻呂山部赤人という2人の偉大な歌人を紹介します。

続いて、より時代の近い六歌仙と呼ばれる6人の優れた歌人たちも紹介しています。

最後に、「古今和歌集」がどのように作られたのかを説明し、これからの和歌がどうなっていくのかという展望を述べて文章を締めくくっています。

「真名序」

紀淑望(きのよしもち)という人が書いた「真名序」は、漢字だけを使って書かれた序文のことです。

当時の中国語の文章形式である漢文で書かれているため、「真名序」という名前がついています。

「真名」とは漢字のことを指しています。

なぜ、紀貫之は「仮名序」を書いた?

紀貫之が「仮名序」を書いた理由は、本文を見るとわかります。

 

【仮名序の冒頭部分】

やまとうたは、ひとのこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける。

世中にある人、ことわざしげきものなれば、心におもふことを、見るもの、きくものにつけて、いひいだせるなり。

花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの、いづれかうたをよまざりける。

ちからをもいれずして、あめつちをうごかし、めに見えぬおに神をもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきもののふの心をもなぐさむるは、うたなり。

 

【仮名序の訳文】

和歌(やまとうた)は、人の心をもとにして、たくさんの言葉となったものであった。

世の中に生きる人は、様々な出来事に接して様々なことを行ってきたので、心に思うことを、見るもの聞くものに寄せて言葉にして言い出したのが和歌なのです。

花の咲く枝でなくウグイスや水辺にすむカエルの声を聞くと、生きている全てのものの全てが歌を詠まずにいられようか、いや、必ず詠むのだ(反語)。

力を入れることがなくても天地の神々を動かし、目に見えない鬼神すら感動させ、男女の仲を仲良くさせ、勇ましい武士の心を慰めるのは、歌である。

 

紀貫之は何を言いたい?】

紀貫之が言いたいのは、和歌には大きな力があるということです。私たちは、様々なものを言葉で表し、多くの言葉を生み出してきました。その言葉を使って読むのが和歌です。和歌には、神々を動かし、男女の仲をむつまじくさせるという素晴らしい力があるといいたいのではないでしょうか。

紀貫之という人物

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紀貫之平安時代前期から中期にかけて活躍した歌人であり、日本文学史において重要な足跡を残しました。872年に京都で誕生した彼は、優れた和歌の才能を発揮し、醍醐天皇の命により『古今和歌集』の編纂責任者となりました。

この歌集で彼は、和歌の本質を「心」と「言葉」の調和として初めて体系化し、日本独自の文化振興に大きく貢献したのです。彼の詠んだ歌は繊細かつ知的で、多くの後継者に影響を与えました。

その一方、役人としての人生は順調とは言えませんでした。一族が藤原氏との権力闘争に敗れた結果、高位に昇れず、土佐国への赴任も経験しています。土佐国からの帰京時に著された『土佐日記』は、日本最古の日記文学として現在も高く評価されています。

当時の常識では男性は漢文で記すものでしたが、貫之はあえて仮名文字を用い、女性になりすまして執筆しました。あえて著者を女性にすることで、素直な感情表現が可能となり、文学の新たな潮流を生み出したのです。

紀貫之の最大の功績は、日本語による文学の基礎を確立した点にあります。和歌の理論化と仮名文の可能性を示したことで、後の文学発展に計り知れない影響を及ぼしました。

まとめ

和歌は1300年以上の歴史を持つ日本の伝統文化であり、現代社会においても重要な意味を持ち続けています。古今和歌集は日本最初の勅撰和歌集として905年頃に成立し、紀貫之をはじめとする4名の優れた歌人によって編纂されました。

この和歌集には「仮名序」と「真名序」という2つの序文があり、特に紀貫之が書いた「仮名序」では和歌の本質や力について説明しています。

紀貫之平安時代に活躍した著名な歌人で、古今和歌集の編纂だけでなく『土佐日記』の著者としても知られ、日本語による文学の基礎を確立した人物です。

和歌は現代でもSNSの短文文化と共通する簡潔な表現形式を持ち、四季や恋など普遍的なテーマを扱うことで、時代を超えて人々の心に響き続けています。

 

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