
「絵仏師良秀(えぶっし・りょうしゅう)ってどんな話なんだろう?」
「主人公の良秀って、いったいどんな人?」
「『宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)』って、教科書で聞くけど実際は何なの?」
そんな疑問を持っている人は、きっとこのページが役に立ちます。
「絵仏師良秀」は、鎌倉時代の説話(せつわ)という昔話の中に登場する物語です。
主人公の良秀は“仏さまの絵を描く絵師”。
ところが、なんと自分の家が火事になり、家族がまだ家の中にいるのに、助けもせず、燃える家を見てニヤリと笑った――そんな衝撃的な場面から物語は語られます。
なぜ、良秀はそんな行動をとったのか?
そこには「芸術のためならすべてを犠牲にしても構わない」という、常識では考えられないほどのこだわりと狂気がありました。
この記事では、物語の内容はもちろん、良秀の人物像、この作品が収められている『宇治拾遺物語』、そして芥川龍之介の『地獄変』とのつながりまで、わかりやすく解説します。
続きを読めば、きっと「絵仏師良秀」という物語がもっと面白く感じられるはずです。
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「絵仏師良秀」のあらすじ
昔々、絵仏師良秀という人物がいました。
隣の家が出火し、風にのった火が自分の家に降りかかってきたので、大通りに逃げ出します。
家にはまだ、書きかけの作品や妻子が取り残されていました。
それなのに、良秀は自分が逃げ延びたのを幸いに萌えるわが家の前突っ立っています。
人々は「大変なことだ」と良秀を見舞いますが、良秀は何も答えません。
そればかりか、焼ける我が家を見ながら時々笑っていたといいます。
良秀は「ああ、なんと得をしたことだ。いままで、悪く書いていたものだ」といいます。
まわりの人間は良秀に「なぜこんな(妻子を救おうともせず)立ち尽くしているのだ。驚き呆れたことだ。物の怪でもとりついたのか」といいました。
すると、良秀は
「なぜ、物の怪などが取り付いている。そんなものはとりついていない。
今まで、不動明王の炎を悪く書いていたのだ。
今、(自分の家の火災を)見てみると、(物が燃えるというのは)こういうことなのだと納得した。
これがわかったことこそもうけものだ。
絵の世界で生きていくなら、仏様さえ上手に描くことができれば100軒でも1000軒でも家を建てることができる。
お前たちは能がないから、家が焼ける程度のことで大騒ぎするのだ。」
といいました。
そののち、良秀が書いた不動明王は「よぢり不動」とよばれ、今に至るまで人々に愛でられている。
「絵仏師良秀」の人物像

良秀を理解するためには、彼が生きた時代の芸術について知る必要があります。
良秀が生きた時代は芸術といえば神仏に関わるものでした。
実際の歴史でいうと、鎌倉時代まで、芸術は寺社の中で花開きます。
良秀が、「この世界で生きていくなら、仏様さえ上手に書けばよい」と言い切っているのは、芸術にお金を出すのが寺社であり、彼らの要求を満たせば仕事に困ることがないからです。
良秀が火事の後に描いたのは「よぢり不動」とよばれる不動明王です。
不動明王は仏教を守る仏の一人で、剣や縄を持って仏敵に立ち向かう姿で描かれます。
不動明王は炎に包まれた姿で描かれるのが通例でした。
良秀は火災から逃れた後で、炎を間近に見ることで炎の描き方を悟ったのでしょう。
そのためには、家が燃えても妻子が取り残されて焼かれようとも構わなかったわけです。
現代風に言えば「サイコパス」となるのかもしれませんね。
ただ、それだけ芸術に関するこだわりが強かったことを示しています。
その意味では規格外の人物であり、まさに「あさましき」絵師だったのでしょう。
ちなみに、古語では「あさまし」は良い意味にも使われます。良秀は、良くも悪くも「あさまし」だったと思います。
「絵仏師良秀」が治められている『宇治拾遺物語』とは!?
『宇治拾遺物語』は、多くの不思議で面白い物語を集めた、13世紀の代表的な説話集です。
この作品が『今昔物語』と並ぶ名作とされているのは、仏教の教えを伝える話から、人々の生活や事件を描いた話まで、幅広いジャンルを収めているからです。
『宇治拾遺物語』には大きく二種類の物語があります。
一つ目は、釈迦の伝記や僧侶の行いや修行を描いた仏教説話で、仏門に入るきっかけや救い(往生)について語られます。
二つ目は、庶民や貴族の社会で実際にあった珍しい出来事を語る世俗説話で、「絵仏師良秀」はその代表例です。
さらに分類を細かくすると、「わらしべ長者」や「雀の恩返し」のような民間伝承も含まれます。
なお、作品の冒頭には「『宇治大納言物語』をもとに後の時代の人がまとめた」と書かれていますが、実際の成立過程ははっきりしていません。
『宇治拾遺物語』は、仏教的な教えから庶民の不思議な話まで楽しめる、多彩な説話を集めた魅力的な物語集なのです。
「絵仏師良秀」に触発された芥川龍之介の『地獄変』
芥川龍之介の『地獄変(じごくへん)』は、「絵仏師良秀」に刺激を受けて生まれた、芸術の狂気を描いた名作です。
芥川は良秀の物語に独自の解釈を加え、“芸術のためなら何でも犠牲にする男”をより極端な形で描き出しました。
芥川版の物語は平安時代が舞台。
主人公の良秀は、猿のような醜い容姿で、プライドが高くわがままな人物として描かれます。
唯一の救いは、美しく優しい娘の存在でした。
しかし娘は貴族・堀川の大殿の屋敷に奉公しており、良秀は不満を抱き続けています。
物語が動き出すのは、堀川の大殿が良秀に「地獄変の屏風」を描くよう命じたときです。
良秀は「見たことのないものは描けない」と考え、地獄の苦しみを再現するために弟子を縛りつけたり、ミミズクに襲わせたりと、異常な方法で絵の参考資料を作りはじめます。
そして、絵の最後の仕上げとして「炎に包まれた牛車と、その中で死ぬ女」を実際に見たいと言い出します。
堀川の大殿が用意した“女”こそ良秀の娘でした。
娘は牛車に閉じ込められ、炎に包まれながら命を落とします。
良秀はただその光景をじっと見つめ、ついに絵を完成させました。
しかし、完成した絵を献上した翌日、良秀は自ら命を絶ちます。
内容こそ『宇治拾遺物語』とは異なりますが、「芸術のために家族さえ犠牲にする」その狂気じみた価値観はどちらの作品にも共通しています。
なお、芥川龍之介の『地獄変』は現在でも文庫本や電子書籍で手軽に読むことができます。
興味がある方は、この機会にぜひチェックしてみてください。読み比べると、作品の魅力がさらに深まります。
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さいごに
「絵仏師良秀」は鎌倉時代初期に書かれた『宇治拾遺物語』に収録されている説話の一つです。
自分の家が燃え、妻子が焼かれていても動じることなく、炎の描き方を会得して悦にいる姿はまさに狂気の絵師です。
この作品に魅力を感じて書かれたのが芥川龍之介の『地獄変』でした。
両作品とも短編ですので、ぜひ、読んで比較してみてはいかがでしょうか。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。