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「鉄の歴史とは?」「ヒッタイトと鉄のかかわりは?」「たたら製鉄など日本の製鉄の歴史とは?」わかりやすく解説!

鉄の歴史とは?

ヒッタイトと鉄の関りとは?

たたら製鉄など日本の製鉄の歴史とは?

 

このページをご覧の皆さんはそんな疑問を持っているかもしれません。

製鉄は古代のヒッタイトに始まり、その後、世界各地に広がっていきました。

 

日本には中国や朝鮮半島から製鉄を含む金属加工技術が渡来します。

その後、たたら製鉄など独自の進化を遂げました。

 

今回は、古代から中世の製鉄の歴史について、分かりやすく解説します!

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<a href="https://www.photo-ac.com/profile/1147610">HiC</a>さんによる<a href="https://www.photo-ac.com/">写真AC</a>からの写真


製鉄の始まり

人類が高温で金属を融解できる炉を発明する前、自然界に存在する使用可能な鉄は宇宙から飛来した隕石に由来する隕鉄が中心でした。

そのため、とても希少価値が高いものとして扱われます。

 

はじめて製鉄技術を生み出したのはヒッタイトでした。

その後、製鉄技術は世界各地へと伝播します。

 

鉄の性質と用途

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引用:鉄 - Wikipedia


鉄は、地球の重さ(重量パーセント)の約3分の1を占める物質です。

その意味では、特段希少性が高いわけではありません。

しかし、鉄は融点が1538℃と非常に高いため、高温を出す炉などがなければ取り出すことが困難な物質でした。

炉が発明されることにより、人類は鉄を取り出し加工することが可能となりました

 

製鉄技術が進歩し、大量に鉄を作り出せるようになると、様々な鉄製品が作り出せるようになりました。

 

鉄の長所は加工のしやすさと強度です

加工の仕方によって、形や高度を変えやすいため、道具の材料となりました。

 

ヒッタイトの製鉄

紀元前1900年ころ、東方から小アジアに移住したのがヒッタイトだといわれます。

ヒッタイト人は、首都をハットゥシャシュ(現在のボアズキョイ)におきました。

 

紀元前1595年、ヒッタイトメソポタミアで繁栄を極めていたバビロン第一王朝を攻め滅ぼします。

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カデシュの戦いで奮戦するラムセス2世

引用:カデシュの戦い - Wikipedia

 

紀元前13世紀、ヒッタイトはオリエントでも屈指の強国であるエジプト新王国と戦います。

時のエジプト国王はラメセス2世

エジプト軍とヒッタイト軍はカデシュで戦闘状態に入ります。

戦いは双方の痛みわけといってもいい状態で終わりました。

戦いの終了後、両国は平和条約を締結します。

ラムセス2世について知りたい方は、こちらの本がおすすめです。

 

大王と謳われたラムセス2世についてまとめられた本で、エジプト文明の華やかさと太陽に例えられたラムセスの障害について知ることができます。

 

また、カデシュの戦いのラムセスをかたどった彫刻をネット上で見つけました。

正直、ちょっと高いですが、エジプト好きなら部屋に飾っておきたい逸品です。

 

 

ヒッタイトが大国エジプトと対等に戦うことができたのは、鉄の武器を持っていたからかもしれません

 

紀元前1200年ころ、ヒッタイトはなぞの集団である「海の民」の侵攻で滅亡します。

ヒッタイト滅亡後、製鉄技術は世界各地に拡散していきました。

 

製鉄技術の伝播

近年、製鉄技術の伝播ルートとして注目されているのが「草原の道」です。

キャラバンで知られるシルクロードよりも北に広がる草原をメインルートとする交通路ですね。

 

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製鉄技術の伝播に重要な役割を果たした騎馬民族スキタイ

引用:スキタイ - Wikipedia

 

「草原の道」の支配者は遊牧民族でした。

中でも、鉄の技術を持っていたことで知られたのがスキタイです。

 

スキタイは製鉄技術だけではなく、金細工などの彫金技術にも秀でていました。

スキタイの持つ製鉄技術は草原の道を通ってモンゴル方面へと伝播したと考えられます。

 

中国の北方に当たるモンゴル高原やその周辺地域で強大な武力を誇ったのが匈奴でした。

匈奴前漢の建国者である高祖との戦いで勝利し、前漢から多額の貢物を獲得します。

 

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匈奴に勝利した武帝

引用:武帝 (漢) - Wikipedia


前漢の7代皇帝である武帝匈奴に勝つために製鉄技術を強化。

新たな武器も製造させ、匈奴とたびたび交戦。

ついに、匈奴に勝利してシルクロードの支配権を獲得しました。

 

鉄の技術力の差は、軍事力の差でもあったことがよくわかります。 

 

日本の製鉄の歴史と鉄の種類

ユーラシア大陸で発達した鉄の技術は日本にも伝来しました。

日本には、青銅器の技術と製鉄の技術が同時に伝来します。

 

製鉄技術の伝播

弥生時代、日本には青銅器の技術と鉄器の技術の両方が同時に伝播しました。

鉄器に比べ強度が劣る青銅器は、祭器として使用されます。

 

一方、鉄器は実用的な道具として普及します。

収穫に用いられた石包丁は鉄製の鎌にとってかわられます。

農具も、刃先に鉄を用いたものが使用されるようになりました。

 

とはいっても、鉄を作り出すためには燃料となる大量の木材を使わなければならず、現代ほど安価に作り出せるわけではありません。

したがって、石器や木製農具と鉄器は併用して用いられます。

 

たたら製鉄

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たたら製鉄の様子

引用:たたら製鉄 - Wikipedia


日本で独自の発達を遂げたのが、たたら製鉄でした。

たたら製鉄は、粘土で作った炉に、原料の砂鉄と砂鉄から酸素を取り除く還元用の木炭を入れて加熱し、鉄を取り出す日本独自の製鉄技法。

 

炉の下から鞴(ふいご)で風を送り、木炭と砂鉄をつぎ足しながら加熱し続けます

たたら製鉄は、長時間の過熱が必要で、時に三昼夜に及びました。

 

作業が終わると、炉の底に鉄の塊が現れます。

鉄は純度によっていくつかの等級に分けられますが、不純物が少なく良質な鉄は「玉鋼(たまはがね」とよばれ、日本刀の材料となりました。

 

たたら製鉄の技術は今でも残されています。

日本刀を鍛え上げた技術でつくった刃物がこちらです。

 

 ふるさと納税の返礼品でもあるので、いい包丁が欲しいと思ったら注文してもよいでしょう。

お家時間が増え、料理をする機会が多い人におすすめです。

鋳鉄と鍛鉄

鉄鉱石や砂鉄から純度の高い鉄を取り出した後、鉄製品を作る作業に移行します。

鉄の加工の方法は、多く分けて二つ。

 

一つ目は、鋳造です。

鋳造は、鉄を溶かし、鋳型にはめ込んで器物を作る方法です。

鉄を鋳型の形に変化させるもので、自分が作りたいものの形に近づけやすい手法だといってもよいでしょう。

南部鉄器が代表的な鋳造品ですね。

南部鉄器といえば鉄瓶のイメージが強いですが、最近はアレンジ商品のバリエーションも増えました。

 

自分が持っているのはこのコーヒーポット。

鉄分が入るせいか、水がまろやかになった感じでコーヒーの味をしっかりと堪能できるようになりました。

重さが気にならないなら、おすすめです。 

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鍛造されることで出来上がる日本刀

引用:日本刀 - No: 4574146|写真素材なら「写真AC」無料(フリー)ダウンロードOK

もう一つは、鍛造です。

鍛造は、加熱した鉄の塊を金属の金槌・ハンマーなどでたたいて圧力を加える方法。

強度を高めることができるので、刃物や武具などを作る際は鍛造で行うことが多いですね。

鍛造の代表は、日本刀です。

まさに、鍛えに鍛えぬいて、あの美しく鋭い日本刀を作り上げる過程が鍛造ですね。

 

さいごに

鉄は、人類にとって非常に重要な資源です。

近代には「産業のコメ」ともよばれ、かのビスマルクは「鉄は国家」といいきりました。

現在の日本は、最先端の「特殊鋼」の研究が盛んです。

鉄のみならず、非鉄金属の研究も進めることで、より、将来性のある金属類の研究が進むことを期待します。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

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