逆鱗(げきりん)に触れる=目上の人を激しく怒らせること。
由来は中国の思想書『韓非子』の説難篇です。龍のあごの下には逆さに生えた鱗があります。そこに人が触れると、龍が怒ってその人を殺してしまう、という話が元になりました。
⚠️ 自分や目下の人については使いません。「琴線に触れる」とは別の意味です。
この記事でわかること
- 意味・読み方と、そのまま使える例文10選
- 年下や友達に使えるのかという、いちばん間違えやすいポイント
- 由来となった『韓非子』の原文・書き下し文・現代語訳とテスト対策
「逆鱗に触れる」とは?意味と読み方
意味は「目上の人の怒りを買うこと」
「逆鱗に触れる」の意味は、次のとおりです。
帝王の怒りをうける。また、目上の人などの気持にさからって怒りを買う。はげしく叱られる。
ポイントは「目上の人」という部分です。相手が自分より上の立場でなければ、この言葉は使えません。
怒らせる相手は、社長・上司・先生・親・王様などが典型です。
読み方は「げきりんにふれる」
「逆鱗」は「げきりん」と読みます。
「さかうろこ」とは読みません。ここは誤読が多いところです。
「触れる」は「ふれる」です。ただし漢文の原文では「嬰(ふ)る」という別の字が使われています。
ニュアンスは「怒られる」ではなく「怒りを爆発させる」
「逆鱗に触れる」は、ちょっと注意されたときには使いません。
後で見るように、原文の龍は逆鱗に触れた人を「必ず殺す」のです。
つまり、取り返しがつかないレベルで怒らせた、という強い言葉です。軽い叱責に使うと大げさになります。
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【意外な事実①】逆鱗は、龍の体で1枚だけ逆を向いた鱗だった
場所は「あごの下」。全身でここだけが逆向き
そもそも「逆鱗」とは何でしょうか。
逆鱗とは、龍のあごの下(喉元)にある鱗のことです。
龍の体は、無数の鱗におおわれています。その鱗はすべて、頭から尾に向かってきれいに並んでいます。
ところが、あごの下だけは逆向きに生えています。全身でそこだけが、逆立っているのです。
だから「逆さの鱗」で「逆鱗」といいます。
原文には、その大きさが「径尺」と書かれています。直径が一尺ほどの、大きな鱗だったようです。
龍の鱗は頭から尾に向かって並びますが、あごの下の1枚だけが逆を向いています。これが逆鱗です。
触れた者がどうなるか──原文は「必ず人を殺す」
逆鱗は、龍の唯一の弱点です。
ふだんの龍は、とても穏やかな生き物とされています。慣らせば背中に乗ることさえできる、と原文にはあります。
しかし逆鱗に触れられた瞬間、龍は豹変します。原文は「則必殺人」、つまり「必ずその人を殺す」と書いています。
順に生えた鱗の中で、1枚だけが逆立っています。だから撫でれば、そこだけが刺さるのです。
ちなみに龍に乗るときは、首のあたりにつかまることになります。あごの下は、うっかり手が触れてしまう場所なのです。
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「逆鱗に触れる」の例文10選【コピペOK】
実際の使い方を、場面別に10個そろえました。そのまま使えます。
ビジネスで使う例文(4選)
① 部下の不祥事を隠していたことが発覚し、部長は社長の逆鱗に触れました。
部長(下)→ 社長(上)。立場の上下がはっきりしている、最も自然な使い方です。
② 取引先の社名を間違えたまま送信し、上司の逆鱗に触れてしまいました。
「〜てしまいました」を添えると、うっかりやってしまった感じが出ます。
③ 会議で社長の方針を真っ向から否定した彼は、逆鱗に触れて担当を外されました。
結果までセットで書くと、怒りの大きさが伝わります。
④ 納期の遅れを報告しなかったことが、常務の逆鱗に触れる結果となりました。
報告書や議事録など、かたい文章にも使える形です。
学校・家庭で使う例文(3選)
⑤ 門限を3時間も過ぎて帰宅し、父の逆鱗に触れました。
父・母・祖父母は「目上」にあたるので、問題なく使えます。
⑥ 提出物を白紙のまま出した生徒が、担任の逆鱗に触れています。
先生も目上です。生徒 → 先生の方向なら成立します。
⑦ 祖母の形見を勝手に売ってしまい、母の逆鱗に触れました。
「取り返しがつかないこと」をしたときに、ぴたりとはまります。
歴史・ニュース風の例文(2選)
⑧ 主人公は王様の逆鱗に触れて、国を追放されました。
本来の使い方に最も近い形です。相手が王や君主なら、まさに原義どおりです。
⑨ 諫言を続けた家臣は、ついに殿の逆鱗に触れ、蟄居を命じられました。
時代小説やドラマの解説でよく見る形です。
短い例文(1選)
⑩ うっかり口が滑って、部長の逆鱗に触れました。
一文で完結する最短の形です。会話でも使えます。
【NG例】これは誤用です
× 妹の逆鱗に触れてしまいました。
妹は目下です。目上にしか使えないので誤りです。
× 彼の一言が、私の逆鱗に触れました。
自分について使うのも誤りです。「頭にきました」などに置き換えます。
× その映画は私の逆鱗に触れました。
感動した、という意味で使うのは完全な誤りです。それは「琴線に触れる」です。
なぜ目下に使えないのか。次の章で解説します。
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【診断】その使い方、合っていますか?「逆鱗に触れる」は年下・友達に使える?
まずは○×クイズ3問
考えてから読み進めてください。
第1問 「妹の逆鱗(げきりん)に触れてしまった」 ○か×か。
第2問 「新人の発言が、社長の逆鱗に触れた」 ○か×か。
第3問 「彼の一言が、私の逆鱗に触れた」 ○か×か。
答え:「逆鱗に触れる」は目上の人専用です
正解
第1問 × / 第2問 ○ / 第3問 ×
辞書には、はっきりと補足が書かれています。「天子や目上の人を怒らせる」意味なので、自分や目下の人について使うのは誤りです。
第2問だけが正解です。新人から見て社長は目上なので、問題なく使えます。
なぜ目上の人にしか使えないのか
理由は単純です。逆鱗を持っているのは龍だからです。
中国において、龍は皇帝の象徴でした。皇帝の顔を「竜顔」、皇帝の衣を「竜袍」と呼びます。
つまり「逆鱗を持つ人」=「皇帝のように上位の人」という前提が、言葉の中に組み込まれているのです。
妹や後輩に逆鱗があることにしてしまうと、妹や後輩を皇帝あつかいすることになります。だから不自然になります。
ただし、使い方は広がりつつあります
正直に補足しておきます。
最近では、目上に限らず「相手をひどく怒らせてしまった」という場面で使われることも増えてきました。辞典にも、そうした指摘があります。
とはいえ、テストや仕事の文章では、目上に対して使うのが安全です。誤用と判定されるリスクがありません。
年下・同僚に使うときの言い換え
| 相手 |
使える表現 |
| 年下・後輩 |
怒らせてしまった/機嫌を損ねた/怒りを買った |
| 同僚・友人 |
怒らせた/気に障ったらしい/地雷を踏んだ |
| 目上・上司 |
逆鱗に触れる/不興を買う/勘気に触れる |
「地雷を踏む」は、逆鱗に近い意味の現代的な言い方です。こちらは相手の立場を選びません。
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【意外な事実②】「琴線に触れる」を“怒らせる”意味だと思っている人が約3割います
文化庁の調査では、正解と誤答がほぼ並んでいました
「琴線に触れる」という言葉があります。本来の意味は「感動や共鳴を与えること」です。
ところが、文化庁の「国語に関する世論調査」には、驚くような結果が残っています。
平成19年度の調査では、本来の意味である「感動や共鳴を与えること」と答えた人が3割台後半でした。
一方で、本来の意味ではない「怒りを買ってしまうこと」と答えた人が3割台半ば。
その差は、わずか2ポイントしかありませんでした。
さらに「分からない」と答えた人が2割台半ばで、この年に調査した5つの語の中で最も高くなっています。
つまり、「琴線に触れる」を正しく理解している人は、4割に届いていないということです。
なぜ、正反対の意味で覚えられてしまうのか
原因の一つは、まさに「逆鱗に触れる」だと考えられます。
どちらも「〜に触れる」という同じ形をしています。だから記憶の中で混ざってしまうのでしょう。
もう一つは「癪に障る」「癇に障る」の影響です。「さわる・ふれる+怒る」という組み合わせが、頭の中でつながってしまうわけです。
類義語・言い換え一覧
| 言葉 |
意味とニュアンス |
| 不興を買う |
目上の人の機嫌を損ねること。逆鱗より少し軽めです。 |
| 勘気に触れる |
主君や親から、とがめを受けること。時代がかった響きです。 |
| 怒りを買う |
最も汎用的な言い換え。相手の立場を選びません。 |
| 虎の尾を踏む |
きわめて危険なことをするたとえ。『易経』履卦が出典です。 |
「虎の尾を踏む」は逆鱗とよく似ています。ただし、こちらは危険な行為そのものを指します。
逆鱗に触れるは相手が怒った結果まで含みます。ここが違いです。
ちなみに『平家物語』には「龍の鬚をなで、虎の尾をふむ心地」という一節があります。龍と虎は、昔からセットで語られてきました。
対義語・混同注意語
| 言葉 |
意味 |
| 琴線に触れる |
良いものに触れて感銘を受けること。まったく別の意味です。 |
| お眼鏡にかなう |
目上の人に気に入られること。逆鱗に触れるの逆の結果です。 |
「琴線」とは、心の奥にある、感動しやすい気持ちを琴の糸にたとえた言葉です。
「彼の演奏は私の琴線に触れた」なら正解です。「彼の一言が私の琴線に触れて、頭にきた」は誤りになります。
「他にも間違って覚えている言葉があるかもしれない」と思ったら、手元に1冊あると安心です。
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由来は『韓非子』説難篇|「逆鱗に触れるの由来に関係するのは?」の答え
【即答】答えは「君主の説得法」です
Q. 「逆鱗に触れる」の由来に関係するのは?
A. 君主の説得法
「弟子のいたずら」ではありません。逆鱗の話は、君主をどう説得するかを論じた文章の中に出てきます。
出典は『韓非子』の「説難篇(ぜいなんへん)」
「逆鱗に触れる」の出典は、『韓非子』という思想書です。全20巻55編からなります。
著者は韓非。中国の戦国時代末期を生きた思想家で、法による国家統治を説いた法家の代表格です。
その中の「説難篇」に、龍の話が出てきます。
説難篇のテーマは、ずばり「君主を説得することの難しさ」です。部下が上司に意見を通すのは難しい、という話だと思ってください。
なぜ“説得”の話に龍が出てくるのか
説難篇には、有名な前置きがあります。
昔、衛(えい)という国に霊公という君主がいました。霊公は、彌子瑕(びしか)という美しい部下を寵愛していました。
衛の国には、王の馬車を勝手に使った者は足を切られる、という法律がありました。
あるとき彌子瑕は、母が病気になったと知らされます。そこで王の許しが出たと偽って、馬車を使ってしまいました。
ところが霊公は罰しません。「親孝行だ。足を切られる罪も忘れるほど、母を思ったのか」と褒めました。
別のときには、彌子瑕は自分が食べかけた桃の残り半分を、霊公に食べさせました。霊公は「うまさも忘れて私に食べさせてくれた。私を愛しているのだな」と喜びました。
しかし年月が経ち、彌子瑕は容色が衰えて寵愛を失います。すると霊公はこう言い放ちました。
「こいつはもともと、私をだまして馬車を使った。おまけに食べかけの桃を私に食わせた男だ」
行為は何ひとつ変わっていません。変わったのは、君主の気持ちだけです。
韓非はここから結論を導きます。愛されていればどんな進言も通り、憎まれていればどんな正論も拒まれる、と。
そして、その結論を決定づけるたとえとして、龍の逆鱗が登場するのです。
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【原文】「嬰逆鱗(えいげきりん)」の書き下し文・現代語訳
説難篇の該当箇所を、原文・書き下し文・現代語訳の順で並べます。全部で5文です。
夫龍之爲蟲也、柔可狎而騎也。
夫(そ)れ龍の虫たるや、柔なるときは狎(な)らして騎(の)るべきなり。
そもそも龍という生き物は、おとなしいときには、飼いならして乗ることさえできます。
然其喉下有逆鱗徑尺。
然れども其の喉の下に逆鱗の径尺なる有り。
しかし、その喉の下には、直径一尺ほどの逆さに生えた鱗があります。
若人有嬰之者、則必殺人。
若(も)し人之に嬰(ふ)るる者有らば、則ち必ず人を殺す。
もし、これに触れる人がいれば、龍は必ずその人を殺してしまいます。
人主亦有逆鱗。
人主(じんしゅ)も亦(ま)た逆鱗有り。
君主にもまた、逆鱗があるのです。
説者能無嬰人主之逆鱗、則幾矣。
説く者能(よ)く人主の逆鱗に嬰るること無くんば、則ち幾(ちか)し。
君主に意見を説く者が、その逆鱗に触れずにいられるなら、説得の成功に近いといえます。
全体の現代語訳
龍という生き物は、本来おとなしい存在です。慣らせば背に乗ることもできます。
ただし喉の下に、一尺ほどの逆さの鱗があります。そこに触れた者は、必ず殺されます。
君主にも、同じものがあります。触れられたくない一点が、必ずあるのです。
だから君主を説得したい者は、まずその一点を避けることです。それができれば、説得は半ば成功したようなもの──韓非はそう説きました。
テストに出る重要語句・句形
| 語・句形 |
読みと意味 |
| 夫 |
「そ(れ)」と読む。文頭の発語で「そもそも」の意。 |
| 狎 |
「な(らす)」。慣れ親しませる、飼いならす。 |
| 嬰 |
「ふ(るる)」。触れる。ここが最頻出です。 |
| 人主 |
「じんしゅ」。君主のこと。 |
| 若〜、則必… |
「もし〜ならば、すなわち必ず…」。仮定条件の基本形。 |
| 能無〜 |
「よく〜なくんば」。「〜しないでいられるならば」。 |
| 幾矣 |
「ちかし」。(理想に)近い、もう少しで到達する。 |
構成のパターンも覚えておきましょう
この文章は「たとえ話 → 結論」という順番で書かれています。
龍の話がたとえ、「人主亦有逆鱗」から先が結論です。
戦国時代のエピソードには、この形がとても多く見られます。漢文を読むときのパターンとして覚えておくと役に立ちます。
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定期テスト対策|「嬰逆鱗」想定問題5問
問1 「然其喉下有逆鱗徑尺。」を書き下し文に直しなさい。
問2 傍線部「嬰之者」の「之」は何を指すか、本文中の語で答えなさい。
問3 「則必殺人」を口語訳しなさい。
問4 「人主亦有逆鱗」とあるが、君主の「逆鱗」とは何のたとえか。20字以内で説明しなさい。
問5 本文で韓非が最も言いたかったことを、次から選びなさい。
ア 龍は本来おとなしい生き物である
イ 君主に意見するときは、触れてはならない一点を避けるべきだ
ウ 君主は気まぐれで信用できない
エ 説得には多くの言葉が必要である
解答
問1/然れども其の喉の下に逆鱗の径尺なる有り。
問2 逆鱗
問3 (龍は)必ずその人を殺してしまう。
問4 君主が触れられたくない、怒りを買う一点のたとえ。(19字)
問5 イ
問2と問5は特によく出ます。問5でアを選ばせるのが定番のひっかけです。龍の話はあくまでたとえである、と押さえておきましょう。
句形をまとめて詰め込むなら、この1冊が最短ルートです。
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なぜ「逆鱗」の話は生まれたのか
ここまでが、検索して知りたかったことのすべてです。
ここから先は、少しだけ深く潜ります。「なぜ?」を2回さかのぼると、この短いたとえ話の見え方が変わります。
問い① なぜ韓非は“説得の危険”を書いたのか
ここに、大きな皮肉があります。
韓非は、話すのが苦手な人でした。
『史記』の老子韓非列伝は、韓非が生まれつき吃音で、うまく話すことができなかったと伝えています。だから、彼は著述で自説を広めようとしました。
つまり「説難篇」は、うまく話せない人間が書いた、説得の本なのです。
言葉が出てこないからこそ、彼は考え抜いたのでしょう。どこに地雷があるのか。どうすれば殺されずに意見を通せるのか。
逆鱗という比喩の生々しさは、ここから来ているのかもしれません。
問い② なぜ君主は、そこまで恐ろしかったのか
韓非が生きたのは、戦国時代の末期です。下剋上が当たり前の時代でした。
家臣が国を乗っ取ることも、めずらしくありません。
晋という大国は、有力な重臣たちによって3つに割られました。それが韓・魏・趙です。韓非の祖国である韓も、そうやって生まれた国でした。
斉では、重臣の田氏が国主の座そのものを奪っています。
君主から見れば、部下は全員が潜在的な簒奪者です。だから疑い、だから怒りました。
君主が理不尽だったのではありません。理不尽でなければ生き残れない時代だったのです。
そんな時代に、絶対に逆らえない存在を表すたとえとして選ばれたのが、皇帝の象徴である龍でした。しかも龍には鱗があります。「触れる」という動作を、そのまま表現できる体を持っていたのです。
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【意外な事実④】説得術を説いた韓非は、説得に失敗して死にました
秦王政「この人に会えたら、死んでもいい」
韓非の書は、国境を越えて一人の男の手に渡ります。秦王政、のちの始皇帝です。
秦王政は『韓非子』の「孤憤篇」「五蠹篇」を読んで、激しく感動しました。そして、こう漏らしたと『史記』は伝えます。
「この人物に会って交わることができたなら、死んでも悔いはない」
一国の王が、会ったこともない他国の思想家に、ここまで言ったのです。
そして、会えました
韓非の祖国・韓は、戦国七雄の中でも小さな国でした。秦の圧迫を受け続けていました。
その韓が、秦の攻撃を止めるための使者として、韓非を秦に送ります。
秦王政は喜びました。韓非を秦に迎え入れようとします。
陥れたのは、同門の学友でした
ここで一人の男が動きます。李斯です。
李斯は、韓非と同じ荀子の門下でした。つまり同門の学友です。
のちに始皇帝の丞相となり、郡県制や文字・度量衡の統一を進めることになる人物です。
李斯は、韓非の才能を恐れました。そして王に讒言し、韓非を牢につなぐよう仕向けます。
韓非は、王に弁明する機会を与えられませんでした。話すのが苦手な男に、そもそも話す場が回ってこなかったのです。
結局、韓非は李斯の策にはまり、獄中で毒をあおって死にました。紀元前233年のことです。
なお、この最期については、自ら毒をあおったとする説と、毒殺されたとする説があります。『史記』の記述が簡潔なため、解釈が分かれています。
司馬遷の嘆き
『史記』の著者・司馬遷は、この結末に嘆きを残しています。
君主を説得することの難しさを、あれほど見事に説いた韓非が、自分自身だけは救えなかった。それが悲しい、と。
逆鱗を見つけた男が、逆鱗に触れて死んだ。
説難篇は、警告の書であると同時に、著者自身の予言になってしまいました。
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【意外な事実⑤】同じ話から生まれた、もう一つの故事成語「余桃の罪」
あの彌子瑕の話には、名前がついています
食べかけの桃を君主に食べさせた、彌子瑕。
じつはあのエピソードは、もう一つの故事成語の出典にもなっています。
それが「余桃の罪(よとうのつみ)」です。「余桃」とは、食べ残しの桃という意味です。
意味は「君主の寵愛が気まぐれで、あてにならないこと」。愛されていたときは美談だった行為が、憎まれた瞬間に罪状へ変わる、という恐ろしさを表します。
逆鱗と余桃は、同じ真理の裏表です
この2つは、説難篇という同じ文章から生まれた双子のような言葉です。
| 言葉 |
説難篇のどの側面か |
| 逆鱗に触れる |
相手には、触れてはならない一点がある(事前の警告) |
| 余桃の罪 |
相手の気持ちが変われば、評価は反転する(事後の恐怖) |
韓非が言いたかったのは、結局ひとつです。
説得の成否を決めるのは、あなたの正しさではなく、相手の感情だ。
2200年以上前の指摘ですが、今の職場でも通用してしまうところが、この本の恐ろしさです。
韓非の思想と、その最期をもう少し詳しく知りたくなったら。
韓非子 悪とは何か
「著者に会えたら死んでもいい」と始皇帝を感動させた思想を、90編で読める1冊。この記事で紹介した余桃の罪や「君主への意見の出しかた」はもちろん、矛盾・守株の出所になった逸話も収録されています。中国哲学史の泰斗・加地伸行氏による読みやすい訳文と、韓非伝を含む豊富な解説つきです。
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よくある質問(FAQ)
逆鱗は、龍のどこにあるのですか?
あごの下(喉元)です。全身の鱗のうち、そこだけが逆さに生えています。大きさは原文で「径尺」、直径一尺ほどとされています。
「逆鱗」と、ふつうの「鱗」は何が違うのですか?
向きが違います。ふつうの鱗は頭から尾へ順に並びますが、逆鱗はそこだけ逆を向いています。だから触れると刺さり、龍が激怒するとされました。
「逆鱗にふれる」と「逆鱗に触る」は、どちらが正しいですか?
現代の慣用句としては「逆鱗に触れる(ふれる)」が一般的です。漢文の原文では「嬰(ふ)る」という字が使われているため、教科書では「嬰逆鱗(逆鱗に嬰る)」と表記されます。
「逆鱗に触れる」の反対語は何ですか?
明確な対義語はありません。結果として逆になるのは「お眼鏡にかなう」(目上の人に気に入られる)です。なお「琴線に触れる」は対義語ではなく、混同されやすい別の言葉です。
この言葉は、いつごろから日本で使われていますか?
古くから使われています。辞書には、幕末の1864年の文書に用例が見られると記されています。また『平家物語』には「大きに逆鱗ありけり」という形で登場します。
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あわせて読みたい|中国古典から生まれた故事成語
- 塞翁が馬幸と不幸が、何度もひっくり返り続ける話です。
- 四面楚歌項羽を追い詰めたのは、剣ではなく歌でした。
- 水魚の交わり劉備が関羽・張飛に言い放った、少しひどいたとえ。
- 覆水盆に返らず出世した夫に復縁を迫った、妻の末路。
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まとめ
最後に、この記事の要点を整理します。
・「逆鱗に触れる」は、目上の人を激しく怒らせること
・読み方は「げきりんにふれる」。「さかうろこ」ではありません
・逆鱗は、龍のあごの下にある逆さに生えた鱗
・出典は『韓非子』説難篇。テーマは君主の説得法
・自分や目下の人には使いません。「琴線に触れる」は別の意味です
逆鱗は、君主だけのものではないのかもしれません。
誰にでも、触れられたくない一点があります。相手のそれがどこにあるのかを考えること。それが、韓非が2200年以上前に残した実用書の中身でした。
ちなみに韓非自身は、それに失敗しました。だからこそ、この教えは重いのだと思います。
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出典・参考文献
語義・用法について
『韓非子』・韓非・李斯について
言葉の誤用に関する調査について