
「授業で当てられたけれど、誰が誰に何を言っているのかまったくつかめない」「敬語が多すぎて、どれが尊敬語でどれが謙譲語なのか区別がつかない」「定期テストが近いのに、現代語訳と品詞分解が手元にない」。『枕草子』の「中納言参りたまひて」でつまずく方は、だいたいこの3つで止まっています。
この記事は、そうした高校生・大学受験生のために書きました。同時に、大河ドラマや歴史小説で平安時代に興味を持った大人の読者にも読めるようにしています。古文の知識がゼロでも大丈夫です。
読み終えたときに目指す状態は、はっきりしています。原文約270字をつまずかずに読み下せて、敬語17か所を「誰から誰へ」で説明でき、この話がなぜ面白いのかを自分の言葉で語れるようになること。テストで点を取るだけでなく、1000年前の会話を「面白い」と思えるところまで進みたい方のための記事です。
この記事で学べる5つのこと
- 作者・出典・第102段という基本情報が、30秒でわかります
- 原文約270字の全文と、7ブロックに分けた逐語対訳が読めます
- 登場人物3人の関係と身分の序列が、表1枚で整理できます
- 敬語17か所を「誰から誰へ」の一覧表で確認できます
- 定期テスト想定問題10問で、理解度をその場で試せます
読了目安:約15分(品詞分解表を除く)/原文全文・現代語訳・品詞分解表126語・想定問題10問つき
30秒でわかる結論
「中納言参りたまひて」は、清少納言が書いた『枕草子』第102段です。中納言・藤原隆家が、姉である中宮定子のもとへ扇を献上しにきて、「見たこともないほど立派な骨を手に入れた」と自慢します。それを聞いた清少納言が「それでは扇の骨ではなく、クラゲの骨のようですね」と切り返し、隆家が「これは自分が言ったことにしよう」と笑った、という短い話です。
「中納言参りたまひて」とは? 作者・出典・第102段を30秒で
まずは基本情報を押さえます。テストでは「作者は誰か」「何という作品の何段か」がそのまま出題されます。ここだけで1点、2点が動きますので、先に固めてしまいましょう。
| 項目 |
内容 |
| 作品名 |
枕草子(まくらのそうし) |
| 作者 |
清少納言(せいしょうなごん) |
| ジャンル |
随筆(エッセイ)※物語ではありません |
| 段(章段) |
第102段(三巻本)/伝本により第98段とする数え方もあります |
| 成立 |
1001年(長保3年)頃=現在から約1000年前 |
| 時代 |
平安時代中期 |
| 場面の時期 |
995〜996年頃(隆家が中納言だった期間) |
| 章段の分類 |
日記的章段(回想的章段) |
| 原文の長さ |
約270字(かぎかっこ・句読点を含む) |
表のうち、間違いやすいのが2つあります。ひとつはジャンルです。『枕草子』は随筆ですので、「物語」と答えると誤りになります。もうひとつは段数です。『枕草子』は写本によって段の区切り方が違うため、第102段とする本と第98段とする本があります。学校の教科書に書かれている数字に合わせてください。
『枕草子』の3つの章段分類 ─ この話はどこに入るのか
『枕草子』は約300段からなります。内容によって、大きく3つに分類されるのが一般的です。この話がどこに入るかは、頻出の設問です。
| 分類 |
内容 |
代表例 |
| 類聚的章段 |
「〜もの」の形で、同種のものを並べて書く |
うつくしきもの、にくきもの |
| 日記的章段 |
宮中で実際に起きた出来事の回想 |
中納言参りたまひて、香炉峰の雪 |
| 随想的章段 |
自然や人生についての感想 |
春はあけぼの |
「中納言参りたまひて」は、特定の日に宮中で起きた会話を書き残したものです。したがって日記的章段に分類されます。「春はあけぼの」のような感想文ではなく、実際の出来事の記録だという点を押さえてください。
読み方は「ちゅうなごんまいりたまひて」
タイトルの読み方は「ちゅうなごん まいりたまひて」です。「参りたまひて」を「さんりたまひて」と読む間違いが多いので注意してください。なお歴史的仮名遣いの「ひ」は、現代語では「い」と発音します。声に出すときは「まいりたまいて」となります。
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ここまでの3行おさらい
- 作者は清少納言、作品は『枕草子』、ジャンルは随筆です。
- 第102段(本によっては第98段)で、日記的章段に入ります。
- 成立は1001年頃、場面の時期は995〜996年頃です。
【意外な事実】クラゲに骨はない ─ このオチの正体
この話の面白さは、たった一言に凝縮されています。清少納言の「くらげのななり(クラゲの骨のようですね)」です。ところが、この一言がなぜ気の利いた返しなのかを、多くの人が取り違えています。順番に見ていきましょう。
クラゲの体は寒天質でできていて、骨がありません
クラゲは刺胞動物(腔腸動物)で、体は寒天質からなり、骨はありません。脳もなく、体全体に広がった神経のネットワークで動いています。心臓もありません。水族館の解説では、体の約95%が水分だと説明されています。
つまり「クラゲの骨」は、この世に存在しないものです。ここが理解の出発点になります。
「見たことがない骨」から「存在しない骨」へ ─ 三段論法のしかけ
隆家は扇の骨を、こう褒めました。「まったくまだ見たことのない骨の様子だ」。清少納言は、この言葉を言葉どおりに受け取ります。そのうえで、次のようにずらしました。
- 隆家の主張:この骨は「誰も見たことがない」ほど素晴らしい
- 清少納言の読み替え:「見たことがない」=つまり「存在しない」ということ
- 結論:存在しない骨といえば、クラゲの骨ですね
褒め言葉の「見たことがない」を、そのまま「実在しない」の意味へ横滑りさせています。相手を否定していないのに、自慢話をきれいに空振りさせる。これが清少納言の腕前です。
隆家は怒らず「これは隆家が言ったことにしてしまおう」と笑った
ここが日本人にはやや意外に映る部分です。自慢話に水を差されたのに、隆家は怒りません。それどころか「この気の利いた表現は、自分が言ったことにしてしまおう」と言って笑いました。
これは当時の宮廷社会における最上級の賛辞と読むのが一般的です。相手の返しが自分より上手だと認めたとき、それを「自分の言葉として使いたい」と言う。負けを認めながら相手を持ち上げる、洗練された受け止め方だといえます。
原文は「くらげ」表記 ─ 「海月」「水母」と書かれる理由
原文では、ひらがなで「くらげ」と書かれています。漢字では「海月」「水母」と書きますが、これは中国語由来の表記です。「海月」は水面に浮かぶ姿を月に見立てたもの、「水母」は水中の生き物の母に見立てたものとされます。テストで「海月」と書いても、ふつうは減点されません。
ここまでの3行おさらい
- クラゲに骨はありません。だから「クラゲの骨」は存在しないものです。
- 清少納言は「見たことがない」を「存在しない」に読み替えて切り返しました。
- 隆家が「自分の言葉にしよう」と言ったのは、最上級の褒め言葉です。
原文全文(読み方・現代仮名遣いつき)
まず原文を通しで読んでみましょう。全体で約270字、原稿用紙1枚に収まる短さです。声に出して2回読むだけでも、リズムがつかめます。
原文(歴史的仮名遣い)
中納言参りたまひて、御扇奉らせたまふに、「隆家こそいみじき骨は得てはべれ。それを張らせて参らせむとするに、おぼろけの紙はえ張るまじければ、求めはべるなり」と申したまふ。
「いかやうにかある」と問ひ聞こえさせたまへば、「すべていみじうはべり。『さらにまだ見ぬ骨のさまなり』となむ人々申す。まことにかばかりのは見えざりつ」と、言高くのたまへば、「さては、扇のにはあらで、くらげのななり」と聞こゆれば、「これは隆家が言にしてむ」とて、笑ひたまふ。
かやうのことこそは、かたはらいたきことのうちに入れつべけれど、「一つな落としそ」と言へば、いかがはせむ。
※本文は教科書で広く採られている形です。写本によって語句が異なる箇所があり、たとえば「え張るまじければ」を「え得るまじければ」、「聞こゆれば」を「聞こゆべければ」とする本もあります。学校の教科書に合わせてください。
現代仮名遣い版(音読用)
ちゅうなごんまいりたまいて、おんおうぎたてまつらせたまうに、「たかいえこそいみじきほねはえてはべれ。それをはらせてまいらせんとするに、おぼろけのかみはえはるまじければ、もとめはべるなり」ともうしたまう。
「いかようにかある」とといきこえさせたまえば、「すべていみじうはべり。『さらにまだみぬほねのさまなり』となんひとびともうす。まことにかばかりのはみえざりつ」と、ことたかくのたまえば、「さては、おうぎのにはあらで、くらげのななり」ときこゆれば、「これはたかいえがことにしてん」とて、わらいたまう。
かようのことこそは、かたわらいたきことのうちにいれつべけれど、「ひとつなおとしそ」といえば、いかがはせん。
音読で間違えやすい5語
音読テストで指摘されやすいのが、次の5語です。先に確認しておくと安心です。
| 語 |
正しい読み |
間違いやすい読み |
| 御扇 |
おんおうぎ |
ごせん/おんせん |
| 言高く |
ことたかく |
げんたかく/いいたかく |
| 奉らせ |
たてまつらせ |
ほうらせ |
| いかやうに |
いかように |
いかやうに(発音のまま) |
| かたはらいたき |
かたわらいたき |
かたはらいたき(発音のまま) |
ポイントは、歴史的仮名遣いの「は・ひ・ふ・へ・ほ」が語中・語尾にあるとき、「わ・い・う・え・お」と発音することです。「かたはら」が「かたわら」、「たまひて」が「たまいて」になるのは、すべてこの規則です。
原文・現代語訳の完全対訳(7ブロック)
ここからが本題です。原文を7つのブロックに分け、1ブロックずつ現代語訳をつけました。主語が省略されている箇所は、訳のなかで( )に補っています。上の茶色い枠が原文、下の白い枠が訳です。
原文 ①
中納言参りたまひて、御扇奉らせたまふに、
現代語訳
中納言(藤原隆家)が(中宮定子のもとへ)参上なさって、(定子に)扇を差し上げなさるときに、
原文 ②
「隆家こそいみじき骨は得てはべれ。それを張らせて参らせむとするに、おぼろけの紙はえ張るまじければ、求めはべるなり」と申したまふ。
現代語訳
「この隆家が、それはもう素晴らしい骨を手に入れております。それに紙を張らせて(あなたに)差し上げようと思うのですが、ありふれた紙では張ることができませんので、(ふさわしい紙を)探しているところです」と申し上げなさる。
原文 ③
「いかやうにかある」と問ひ聞こえさせたまへば、
現代語訳
「(その骨は)どのようなものなのですか」と(定子が隆家に)お尋ね申し上げなさると、
原文 ④
「すべていみじうはべり。『さらにまだ見ぬ骨のさまなり』となむ人々申す。まことにかばかりのは見えざりつ」と、言高くのたまへば、
現代語訳
「何もかもが素晴らしいのです。『まったくまだ見たことのない骨の様子だ』と人々が申しております。本当に、これほどのものは見たことがありませんでした」と、(隆家が)大声でおっしゃるので、
原文 ⑤
「さては、扇のにはあらで、くらげのななり」と聞こゆれば、
現代語訳
「それでは、扇の(骨)ではなくて、クラゲの(骨)のようですね」と(私=清少納言が)申し上げたところ、
原文 ⑥
「これは隆家が言にしてむ」とて、笑ひたまふ。
現代語訳
「これは(自分の)隆家が言ったことにしてしまおう」とおっしゃって、(隆家は)お笑いになる。
原文 ⑦
かやうのことこそは、かたはらいたきことのうちに入れつべけれど、「一つな落としそ」と言へば、いかがはせむ。
現代語訳
こういうことは、聞くにたえない自慢話の部類に入れてしまうべきなのだけれど、(周りの人が)「一つも書き落とすな」と言うので、どうしようもない(から書き留めておく)。
訳すときにつまずく3か所
この文章で訳が崩れやすいのは、次の3か所です。理由まで押さえておくと、テストで応用できます。
| 箇所 |
つまずく理由 |
正しい処理 |
「扇のに」 「くらげのな」 |
「の」の後ろに名詞がない |
直前の「骨」が省略されています。「扇の骨」「くらげの骨」と補います |
| 「参らせむ」 |
「参る」の使役だと思ってしまう |
「参らす」は「差し上げる」という謙譲語の一語です |
| 「いかがはせむ」 |
そのまま「どうしようか」と訳す |
「は」があるので反語です。「どうしようもない」と訳します |
とくに1つめの「の」の後ろの名詞の省略(準体法)は、古文全体で頻出します。「〜の」で文が切れているように見えたら、後ろに名詞が隠れていないかを疑う癖をつけてください。
登場人物3人の人物像と関係・身分の序列
この話に登場するのは3人だけです。ただし全員が親族か上司・部下の関係にあり、誰が誰より偉いのかを押さえないと敬語が読めません。まず一覧で全体像をつかみましょう。
| 人物 |
生没年 |
この場面での年齢(数え) |
立場 |
他の2人との関係 |
藤原隆家 (中納言) |
979〜1044年 |
約17〜18歳 |
権中納言。父は関白・藤原道隆で、隆家は四男 |
定子の弟。清少納言から見れば主人の弟 |
| 中宮定子 |
976〜1001年 ※977年説もあります |
約20〜21歳 |
一条天皇の中宮(皇后) |
隆家の姉。清少納言の直接の主人 |
清少納言 (筆者) |
966年頃〜1025年頃 ※いずれも推定 |
約30歳 |
定子に仕える女房 |
定子の部下。隆家とは主人の弟という関係 |
表を見て意外に思われるのは年齢でしょう。扇の骨を自慢していた隆家は、現代でいえば高校生の年齢です。定子も20歳前後。そして最年長の清少納言が30歳前後で、10歳以上年下の若者たちのやりとりを見ていた、という構図になります。
※定子と清少納言の年齢差は約10歳です。「24歳差」と書かれた資料を見かけますが、これは定子が亡くなったときの年齢(数え25歳)との混同と考えられます。なお3人の生没年には推定を含みます。
身分の序列 ─ 偉い順に並べると
敬語を読み解く土台になるのが、身分の序列です。上から順に並べると、こうなります。
| 順位 |
人物・地位 |
位置づけ |
| 1位 |
一条天皇 |
この場面には登場しません |
| 2位 |
中宮定子 |
天皇の妻。最高敬語を使う対象 |
| 3位 |
中納言・藤原隆家 |
太政官の高官。定子より下、清少納言より上 |
| 4位 |
女房・清少納言 |
仕える立場。自分の動作には謙譲語を使う |
この序列がわかると、敬語の使い分けが一気に見通せます。清少納言は、定子と隆家の動作すべてに尊敬語を使い、自分の動作には謙譲語を使う。そして定子にだけは、敬語を二重に重ねた最高敬語を使います。詳しくは第8章で扱います。
中納言・藤原隆家 ─ 数え17歳で権中納言になった若きエリート
隆家は979年(天元2年)生まれ、藤原道隆の四男です。兄は内大臣の藤原伊周、姉が中宮定子。この一家を中関白家(なかのかんぱくけ)と呼びます。当時最高の権力を握っていた家柄です。
- 989年(永祚元年)、11歳で元服し、従五位下に叙されます
- 995年(長徳元年)、数え17歳(満16歳)で権中納言に就任したとされます
- ところが同年、父の道隆が病で亡くなり、後ろ盾を失います
- この話は、まさにその「まだ何も失っていない時期」の隆家を描いています
10代で国政の中枢に入った青年が、姉の部屋に扇を持ち込んで「見て見て、すごい骨だよ」と大声で自慢する。そう思って読むと、この一段の空気がぐっと近く感じられます。
中宮定子 ─ 弟をかばい、髪を切った女性
定子は976年(貞元元年)生まれ、一条天皇の中宮です。990年に入内し、同年に中宮となりました。母は漢詩に秀でた歌人・高階貴子で、その素養を受け継いだ深い教養の持ち主でした。清少納言にとっては直接の上司にあたります。
『枕草子』に描かれる定子は、機知に富み、女房たちの言葉遊びを楽しむ人物です。同時に、のちに兄弟が事件を起こしたときは彼らをかくまい、自らも出家するという激しさを見せました。詳しくは第10章で扱います。
定子と清少納言の名場面 清少納言の教養の高さが際立つ『枕草子』「雪のいと高う降りたるを(香炉峰の雪)」とは?わかりやすく解説!
清少納言 ─ 実は本名がわかっていません
清少納言は966年頃の生まれです。父は『後撰和歌集』の撰者で、梨壺の五人に数えられる歌人・清原元輔(908〜990年)でした。993年に中宮定子のもとへ出仕し、約10年の女房生活を送ります。
「清少納言」は本名ではありません
「清少納言」は宮中での呼び名(女房名)です。「清」は父の姓である清原に由来しますが、なぜ「少納言」と呼ばれたのかは明らかになっていません。本名は記録に残っておらず、生年・没年もいずれも推定です。同じように、この話の「中納言」も官職名で、本名は藤原隆家です。
平安時代の女性は、身分の高い人でも本名が伝わらないことが少なくありません。紫式部も同様です。官職名や父の官職名で呼ぶのが当時の習慣だったためです。「中納言と隆家は同じ人物か」という疑問が生まれるのも、この習慣に理由があります。
ここまでの3行おさらい
- 登場人物は隆家(約17歳)・定子(約19歳)・清少納言(約30歳)の3人だけです。
- 偉い順は 定子 → 隆家 → 清少納言。これが敬語の使い分けの土台になります。
- 「清少納言」「中納言」はどちらも呼び名で、本名ではありません。
なぜ隆家は笑ったのか ─ この話の「面白さ」の正体
「この話の面白さを説明せよ」は、定期テストの定番設問です。ところが多くの答案が的を外します。理由は「面白い」という言葉の解釈を間違えているからです。
「面白い」はfunnyではなくinteresting ─ 誰の教養か
ここでいう面白さは、笑えるという意味ではありません。「知的で興味深い」という意味の面白さです。では、誰の何が興味深いのでしょうか。
| よくある誤答 |
正しい方向 |
| 隆家が扇の骨を自慢していて滑稽だから |
清少納言の切り返しが機知に富んでいるから |
| クラゲに骨がないというのが笑えるから |
褒め言葉を逆手に取る発想の鮮やかさが見どころだから |
| 隆家が怒らずに笑ったから |
隆家がその機知を認め、賛辞を送ったから |
核心は筆者・清少納言自身の教養にあります。この段は、自分の機知が中納言に褒められたという「自分の手柄話」なのです。ここを外すと、答案が成立しません。
なぜ最後に「みんなが書けと言ったから」と言い訳を書いたのか
最後の一文が、この段のもうひとつの見どころです。清少納言はこう書いています。「こういうことは自慢話の部類に入れるべきなのだけれど、周りが一つも書き落とすなと言うので、どうしようもない」。
- 自分の機知を褒められて、清少納言はとても嬉しかったはずです
- しかし、それをそのまま書けば「自慢話」になってしまいます
- そこで「周りに書けと言われたから」という言い訳を最後に添えました
- つまり、書きたいけれど自慢したくないという気持ちの表れです
ここで使われている「かたはらいたし」は、自分でも自慢話だとわかっているという自覚が込められた語です。語義は第9章の重要語句表で確認してください。
「一つな落としそ」は誰の言葉か
「一つも書き落とすな」と言ったのは、周囲の女房たちだと考えられます。定子のもとには教養の高い女性が多く集まっていました。彼女たちにとっても、清少納言の切り返しは記録に残すべき出来事だったのでしょう。
なぜ「扇の骨」が自慢になったのか ─ 蝙蝠扇と檜扇
現代人にとって最大の疑問はここでしょう。なぜ扇の「骨」が自慢の対象になるのか。答えは、平安時代の扇の構造そのものにあります。時代をさかのぼって確認しましょう。
扇は平安貴族の必須アイテムだった
日本の扇は、檜の薄板を重ねた「檜扇」から始まりました。奈良時代から平安時代初期にかけて現れたもので、宮中男子の必需品となり、のちに女性にも広がります。紙を張った扇が登場するのは平安時代中期です。いずれも涼をとる道具というより、正装の一部であり、身分と教養を示す小道具でした。
夏の蝙蝠扇と冬の檜扇 ─ 2種類を比較する
平安時代の扇は、季節によって2種類を使い分けました。違いを表で整理します。
| 項目 |
蝙蝠扇(かわほりおうぎ) |
檜扇(ひおうぎ) |
| 使う季節 |
夏 |
冬 |
| 材料 |
骨に紙を張る |
檜の薄板を重ねる |
| 名前の由来 |
開いた形がコウモリの翼に似ているため |
檜を使うため |
| 構造の特徴 |
紙は片面だけ。裏側は骨が露出する |
板そのものが扇面。骨と紙の区別がない |
| 骨の数 |
当初は5本ほど。平安末期から7本・8本・10本と増加 |
骨はなく、板を重ねる |
| 格式 |
略式の持ち物 |
威儀用(正装の持ち物) |
| 女性用の呼び名 |
― |
衵扇(袙扇・あこめおうぎ) |
| この話の扇 |
こちら(骨と紙の話が出るため) |
― |
表の4行目が、疑問への答えです。蝙蝠扇は紙を片面にしか張らないため、裏返すと骨がそのまま見えました。つまり骨は隠れる部品ではなく、人目に触れる装飾部分だったのです。だからこそ骨の良し悪しが評価対象になり、自慢の種になりました。
「え張るまじければ」から読み解く、隆家が作ろうとしていた扇
隆家は「良い骨は手に入ったが、それに見合う紙がない」と言っています。この一言から、彼が作ろうとしていたのが骨と紙を組み合わせる蝙蝠扇だと判断できます。檜扇なら紙を探す必要がありません。テストで「この扇はどちらか」と問われたら、根拠としてこの部分を挙げてください。
【意外な事実】平安時代の扇の実物が、いまも現存しています
蝙蝠扇の遺品が厳島神社に伝わっています
蝙蝠扇は12世紀初めの『源氏物語絵巻』に描かれており、実物が厳島神社に所蔵されています。檜扇のほうは扇面に上絵が施されて雅やかな持ち物になり、人前で顔を見せないことが当たり前だった平安時代の女性にとって、顔を隠すのにちょうどよい道具でもあったとされます。
その扇は、いまも京都で作られています
平安時代に生まれた扇の技術は、現在まで途切れずに続いています。京都の京扇子は、1977年(昭和52年)10月14日に経済産業大臣指定の伝統的工芸品となりました。隆家が骨にこだわった感覚は、実物を手にすると腑に落ちるところがあります。
扇の「骨」を実際に見てみる
名前が入れられる扇子(名入れ・高級黒紙箱つき)
「骨が自慢になる」という感覚は、写真では伝わりにくいものです。手元に一本あると、親骨の質感や要のつくりが評価の対象だった理由が、そのままわかります。
- 長さ22cm。親骨・中骨ともに黒染め、飾り穴あり
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ここまでの3行おさらい
- 蝙蝠扇は紙を片面だけに張るため、裏側の骨が人目に触れました。
- だから骨の良し悪しが評価対象になり、自慢の種になりました。
- 隆家が作ろうとしていたのは、紙を探していることから蝙蝠扇です。
なぜ敬語がこんなに多いのか ─ 二重敬語と敬意の方向
この段が「敬語問題の定番」と呼ばれる理由は、単純です。この短い本文のなかに、敬語が17か所も入っているからです。しかも主語がほぼすべて省略されています。逆にいえば、敬語を手がかりに主語を特定できるのがこの文章です。
敬語17か所の完全一覧 ─ 誰から誰への敬意か
まず全体を一覧にします。バッジの色は、尊敬=青、謙譲=緑、丁寧=橙です。横にスクロールしてご覧ください。
| # |
該当語 |
種類 |
敬意の方向(誰から誰へ) |
| 1 |
参り |
謙譲 |
作者 → 訪問先の定子 |
| 2 |
たまひ |
尊敬 |
作者 → 隆家(動作主) |
| 3 |
御(扇) |
尊敬 |
作者 → 定子(接頭語) |
| 4 |
奉らせ |
謙譲 |
作者 → 定子(受け手) |
| 5 |
たまふ |
尊敬 |
作者 → 隆家(動作主) |
| 6 |
はべれ |
丁寧 |
隆家 → 定子(会話の相手) |
| 7 |
参らせ |
謙譲 |
隆家 → 定子(受け手) |
| 8 |
はべる |
丁寧 |
隆家 → 定子(会話の相手) |
| 9 |
申し |
謙譲 |
作者 → 定子(発言の相手) |
| 10 |
たまふ |
尊敬 |
作者 → 隆家(動作主) |
| 11 |
聞こえ |
謙譲 |
作者 → 隆家(質問の相手) |
| 12 |
させたまへ |
尊敬(二重) |
作者 → 定子(動作主)=最高敬語 |
| 13 |
はべり |
丁寧 |
隆家 → 定子(会話の相手) |
| 14 |
申す |
謙譲 |
隆家 → 定子(人々の発言を伝える) |
| 15 |
のたまへ |
尊敬 |
作者 → 隆家(動作主) |
| 16 |
聞こゆれ |
謙譲 |
作者(=清少納言自身)→ 隆家 |
| 17 |
たまふ |
尊敬 |
作者 → 隆家(笑った動作主) |
※表は横にスクロールできます。
一覧を眺めると、規則性が浮かび上がります。青(尊敬)が出てくる文の主語は定子か隆家、緑(謙譲)が出てくる文の主語は清少納言か、動作の相手が定子・隆家です。そして橙(丁寧)は、すべて隆家のセリフのなかにあります。会話文と地の文で敬語の使い方が変わることも、あわせて確認してください。
3種類の敬語の役割を整理する
敬語は3種類あります。誰を高めるかで区別します。
| 種類 |
高める相手 |
本文の例 |
| 尊敬語 |
動作をする人 |
たまふ、のたまふ、させたまふ |
| 謙譲語 |
動作を受ける人 |
参る、奉らす、参らす、申す、聞こゆ |
| 丁寧語 |
話を聞いている相手 |
はべり |
覚え方はシンプルです。尊敬語は「した人」を上げる、謙譲語は「された人」を上げる、丁寧語は「聞いている人」を上げる。この3つを言えるようにしておけば、初見の文章でも判断できます。
二重敬語(最高敬語)とは ─ 「問ひ聞こえさせたまへば」を分解する
通常、ひとつの動作に対して敬語はひとつです。ところが、きわめて身分の高い人には敬語を二重に重ねます。これが二重敬語、または最高敬語です。本文で最高敬語が使われているのは1か所だけです。
| 要素 |
内容 |
誰への敬意か |
| 問ひ |
動詞「問ふ」=尋ねる(敬語ではない) |
― |
| 聞こえ |
謙譲の補助動詞「聞こゆ」 |
質問の相手=隆家 |
| させ |
尊敬の助動詞「さす」 |
動作主=定子 |
| たまへ |
尊敬の補助動詞「たまふ」 |
動作主=定子 |
「させ」と「たまへ」という尊敬語が2つ重なっています。これが最高敬語です。そして同時に、「聞こえ」で隆家への敬意も表しています。ひとつの動作で2人を同時に高める形を、二方面への敬語(二方面敬語)と呼びます。
なぜ定子だけが最高敬語なのか
理由は身分です。定子は一条天皇の中宮、つまり皇后にあたります。最高敬語は天皇や中宮のような最上位の人物に使われるものでした。隆家は中納言という高官ですが、中宮より下です。ですから隆家には「たまふ」「のたまふ」という通常の尊敬語しか使われません。最高敬語の有無が、そのまま身分の差を示しているわけです。
※「奉らせたまふ」の「奉らせ」は、謙譲語「奉らす」(サ行下二段)の連用形と解釈するのが一般的です。ただし教科書によっては「奉る」の未然形+尊敬の助動詞「す」と分解する場合もあります。学校の説明に合わせてください。
主語が省略されていても敬語で判別できる ─ 見分け方3ステップ
この文章は主語がほとんど書かれていません。しかし敬語を見れば特定できます。手順は3つです。
- ステップ1:文末の敬語を探します。「たまふ」「のたまふ」があれば、主語は定子か隆家です
- ステップ2:「させたまふ」なら主語は定子。「たまふ」だけなら隆家です
- ステップ3:敬語がまったくない、または「申す」だけなら、主語は清少納言です
試してみましょう。「くらげのななり」と言った直後の「と聞こゆれば」には、尊敬語がありません。したがって主語は清少納言です。一方「笑ひたまふ」には「たまふ」があるので、笑ったのは隆家だとわかります。この2つは頻出の設問ですので、必ず押さえてください。
ここまでの3行おさらい
- 敬語は17か所。尊敬・謙譲・丁寧の3種類が使われています。
- 最高敬語は「問ひ聞こえさせたまへば」の1か所だけ。定子への敬意です。
- 敬語の種類から、省略された主語を逆算できます。
品詞分解・重要語句・文法のポイント
ここからはテスト直結の内容です。品詞分解表、重要語句10語、そして文法の頻出3項目をまとめました。表は横にスクロールしてご覧ください。
品詞分解表(全文)
原文を語単位に分けて、品詞・活用形・意味を並べました。敬語の区分も併記しています。
| 語 |
品詞 |
活用・基本形 |
意味・備考 |
| 中納言 |
名詞 |
― |
藤原隆家 |
| 参り |
動詞 |
ラ行四段「参る」連用形 |
参上する(謙譲) |
| たまひ |
補助動詞 |
ハ行四段「たまふ」連用形 |
〜なさる(尊敬) |
| て |
接続助詞 |
― |
単純接続 |
| 御 |
接頭語 |
― |
尊敬をあらわす |
| 扇 |
名詞 |
― |
おうぎ |
| 奉らせ |
動詞 |
サ行下二段「奉らす」連用形 |
差し上げる(謙譲) |
| たまふ |
補助動詞 |
ハ行四段「たまふ」連体形 |
〜なさる(尊敬) |
| に |
格助詞 |
― |
〜するときに |
| 隆家 |
名詞 |
― |
自分の名を出して言う |
| こそ |
係助詞 |
― |
強意。結びは已然形 |
| いみじき |
形容詞 |
シク活用「いみじ」連体形 |
すばらしい |
| 骨 |
名詞 |
― |
扇の骨 |
| は |
係助詞 |
― |
取り立て |
| 得 |
動詞 |
ア行下二段「得る」連用形 |
手に入れる |
| て |
接続助詞 |
― |
単純接続 |
| はべれ |
補助動詞 |
ラ変「はべり」已然形 |
〜ております(丁寧)。「こそ」の結び |
| それ |
代名詞 |
― |
手に入れた骨 |
| を |
格助詞 |
― |
対象 |
| 張ら |
動詞 |
ラ行四段「張る」未然形 |
紙を張る |
| せ |
助動詞 |
使役「す」連用形 |
〜させる |
| て |
接続助詞 |
― |
単純接続 |
| 参らせ |
動詞 |
サ行下二段「参らす」未然形 |
差し上げる(謙譲) |
| む |
助動詞 |
意志「む」終止形 |
〜しよう |
| と |
格助詞 |
― |
引用 |
| する |
動詞 |
サ変「す」連体形 |
する |
| に |
接続助詞 |
― |
逆接(〜のに) |
| おぼろけ |
名詞 |
― |
ありふれたもの、並のもの |
| の |
格助詞 |
― |
連体修飾 |
| 紙 |
名詞 |
― |
扇に張る紙 |
| は |
係助詞 |
― |
取り立て |
| え |
副詞 |
― |
下に打消を伴い「〜できない」 |
| 張る |
動詞 |
ラ行四段「張る」終止形 |
張る |
| まじけれ |
助動詞 |
打消推量「まじ」已然形 |
〜できそうにない |
| ば |
接続助詞 |
― |
順接(〜なので) |
| 求め |
動詞 |
マ行下二段「求む」連用形 |
探す |
| はべる |
補助動詞 |
ラ変「はべり」連体形 |
〜ております(丁寧) |
| なり |
助動詞 |
断定「なり」終止形 |
〜のです |
| 申し |
動詞 |
サ行四段「申す」連用形 |
申し上げる(謙譲) |
| たまふ |
補助動詞 |
ハ行四段「たまふ」終止形 |
〜なさる(尊敬) |
| いかやうに |
形容動詞 |
ナリ活用「いかやうなり」連用形 |
どのように |
| か |
係助詞 |
― |
疑問。結びは連体形 |
| ある |
動詞 |
ラ変「あり」連体形 |
「か」の結び |
| 問ひ |
動詞 |
ハ行四段「問ふ」連用形 |
尋ねる |
| 聞こえ |
補助動詞 |
ヤ行下二段「聞こゆ」連用形 |
〜申し上げる(謙譲) |
| させ |
助動詞 |
尊敬「さす」連用形 |
〜なさる |
| たまへ |
補助動詞 |
ハ行四段「たまふ」已然形 |
〜なさる(尊敬)。最高敬語 |
| ば |
接続助詞 |
― |
順接 |
| すべて |
副詞 |
― |
何もかも |
| いみじう |
形容詞 |
シク活用「いみじ」連用形ウ音便 |
すばらしい |
| はべり |
補助動詞 |
ラ変「はべり」終止形 |
〜ております(丁寧) |
| さらに |
副詞 |
― |
下に打消を伴い「まったく〜ない」 |
| まだ |
副詞 |
― |
まだ |
| 見 |
動詞 |
マ行上一段「見る」未然形 |
見る |
| ぬ |
助動詞 |
打消「ず」連体形 |
〜ない |
| 骨 |
名詞 |
― |
― |
| の |
格助詞 |
― |
連体修飾 |
| さま |
名詞 |
― |
様子 |
| なり |
助動詞 |
断定「なり」終止形 |
〜である |
| と |
格助詞 |
― |
引用 |
| なむ |
係助詞 |
― |
強意。結びは連体形 |
| 人々 |
名詞 |
― |
周囲の人たち |
| 申す |
動詞 |
サ行四段「申す」連体形 |
申し上げる(謙譲)。「なむ」の結び |
| まことに |
副詞 |
― |
本当に |
| かばかり |
副詞 |
― |
これほど |
| の |
格助詞 |
― |
準体法(〜のもの) |
| は |
係助詞 |
― |
取り立て |
| 見え |
動詞 |
ヤ行下二段「見ゆ」未然形 |
見える |
| ざり |
助動詞 |
打消「ず」連用形 |
〜ない |
| つ |
助動詞 |
完了「つ」終止形 |
〜た |
| 言高く |
形容詞 |
ク活用「言高し」連用形 |
声が大きい |
| のたまへ |
動詞 |
ハ行四段「のたまふ」已然形 |
おっしゃる(尊敬) |
| ば |
接続助詞 |
― |
順接 |
| さては |
接続詞 |
― |
それでは |
| 扇 |
名詞 |
― |
― |
| の |
格助詞 |
― |
準体法。下に「骨」が省略 |
| に |
助動詞 |
断定「なり」連用形 |
〜で |
| は |
係助詞 |
― |
取り立て |
| あら |
動詞 |
ラ変「あり」未然形 |
ある |
| で |
接続助詞 |
― |
打消接続(〜ないで) |
| くらげ |
名詞 |
― |
海月 |
| の |
格助詞 |
― |
準体法。下に「骨」が省略 |
| な |
助動詞 |
断定「なり」連体形「なる」の撥音便 |
〜である |
| なり |
助動詞 |
伝聞推定「なり」終止形 |
〜のようだ |
| 聞こゆれ |
動詞 |
ヤ行下二段「聞こゆ」已然形 |
申し上げる(謙譲) |
| ば |
接続助詞 |
― |
順接 |
| これ |
代名詞 |
― |
清少納言の発言 |
| は |
係助詞 |
― |
取り立て |
| 隆家 |
名詞 |
― |
自分の名 |
| が |
格助詞 |
― |
主格 |
| 言 |
名詞 |
― |
言葉、発言 |
| に |
格助詞 |
― |
帰着点 |
| し |
動詞 |
サ変「す」連用形 |
する |
| て |
助動詞 |
強意「つ」未然形 |
〜てしまう |
| む |
助動詞 |
意志「む」終止形 |
〜しよう |
| とて |
連語 |
― |
と言って |
| 笑ひ |
動詞 |
ハ行四段「笑ふ」連用形 |
笑う |
| たまふ |
補助動詞 |
ハ行四段「たまふ」終止形 |
〜なさる(尊敬) |
| かやう |
名詞 |
― |
このよう |
| の |
格助詞 |
― |
連体修飾 |
| こと |
名詞 |
― |
― |
| こそ |
係助詞 |
― |
強意。結びは已然形 |
| は |
係助詞 |
― |
取り立て |
| かたはらいたき |
形容詞 |
シク活用「かたはらいたし」連体形 |
聞き苦しい、気恥ずかしい |
| こと |
名詞 |
― |
― |
| の |
格助詞 |
― |
連体修飾 |
| うち |
名詞 |
― |
部類 |
| に |
格助詞 |
― |
帰着点 |
| 入れ |
動詞 |
ラ行下二段「入る」連用形 |
入れる |
| つ |
助動詞 |
強意「つ」終止形 |
〜てしまう |
| べけれ |
助動詞 |
当然「べし」已然形 |
〜すべきだ。「こそ」の結び |
| ど |
接続助詞 |
― |
逆接(〜だけれど) |
| 一つ |
名詞 |
― |
ひとつ |
| な |
副詞 |
― |
下に「そ」を伴い禁止 |
| 落とし |
動詞 |
サ行四段「落とす」連用形 |
書き落とす |
| そ |
終助詞 |
― |
禁止(〜するな) |
| と |
格助詞 |
― |
引用 |
| 言へ |
動詞 |
ハ行四段「言ふ」已然形 |
言う |
| ば |
接続助詞 |
― |
順接 |
| いかが |
副詞 |
― |
どのように |
| は |
係助詞 |
― |
反語をつくる |
| せ |
動詞 |
サ変「す」未然形 |
する |
| む |
助動詞 |
推量「む」終止形 |
反語で「どうしようもない」 |
※表は横にスクロールできます。
重要語句10語の意味
この段で意味を問われやすい語を10個選びました。現代語と意味がずれている語が多いので、そこを重点的に押さえてください。
| 語 |
意味 |
注意点 |
| いみじ |
程度がはなはだしい、すばらしい |
文脈により「ひどい」の意にもなります |
| かたはらいたし |
聞き苦しい、気恥ずかしい |
現代語「片腹痛い」とは違います |
| おぼろけ |
ありふれたもの、並のもの |
「おぼろげ」ではありません |
| さらに |
まったく(〜ない) |
打消と呼応。「その上」ではありません |
| え〜まじ |
〜できそうにない |
「え」は不可能の呼応表現 |
| な〜そ |
〜するな |
禁止表現。「な」と「そ」で挟みます |
| いかがはせむ |
どうしようもない |
「は」があるため反語です |
| のたまふ |
おっしゃる |
「言ふ」の尊敬語 |
| はべり |
〜ております |
丁寧語。会話文だけに出てきます |
| 申す |
申し上げる |
「言ふ」の謙譲語 |
この10語のうち、「いみじ」「かたはらいたし」「さらに」の3語は特に出題率が高い語です。現代語との意味のずれをそのまま問う設問が作りやすいためです。
係り結びの法則 ─ 本文に3か所
係り結びとは、「ぞ・なむ・や・か・こそ」という係助詞が文中に出てくると、文末が終止形以外に変化する法則です。平安時代には「!」や「?」の記号がなかったため、その代わりに使われました。
| 係助詞 |
結びの形 |
働き |
現代の記号なら |
| ぞ・なむ |
連体形 |
強意 |
! |
| や・か |
連体形 |
疑問・反語 |
? |
| こそ |
已然形 |
強意(より強い) |
!! |
本文では3か所に係り結びがあります。①「隆家こそ…はべれ」(こそ+已然形)、②「いかやうにかある」(か+連体形)、③「となむ人々申す」(なむ+連体形)です。とくに①は「この隆家が!素晴らしい骨を手に入れたんです!」という自慢の強調で、姉に「見て見て」と言っているような響きになります。
「ななり」の正体
「くらげのななり」の「ななり」は、多くの受験生がつまずく箇所です。分解するとこうなります。
- もとの形は「くらげの(骨)なるなり」です
- 「なる」は断定の助動詞「なり」の連体形です
- 「なるなり」→「なんなり」と撥音便化します
- その「ん」が表記されず「ななり」になりました
- 最後の「なり」は伝聞推定の助動詞で「〜のようだ」の意味です
したがって訳は「クラゲの骨であるようですね」となります。断定を重ねず「〜のようだ」とぼかしているのがポイントです。真正面から否定しない言い方だからこそ、隆家も笑って受け止められました。
本動詞と補助動詞の見分け方
「参る」「奉る」「たまふ」は、単独で使われるときと、他の動詞に付くときで役割が変わります。
| 種類 |
特徴 |
本文の例 |
| 本動詞 |
それ自体が動作を表す |
「中納言参りたまひて」の「参り」=参上する |
| 補助動詞 |
直前の動詞に敬意だけを添える |
「参りたまひて」の「たまひ」=〜なさる |
見分け方は簡単です。直前に動詞があれば補助動詞、なければ本動詞です。「笑ひたまふ」の「たまふ」は直前に「笑ひ」があるので補助動詞、と判断できます。
語句でつまずいた人へ
マドンナ古文単語230 パーフェクト版(マドンナ古文シリーズ)
敬語も助動詞も、結局は単語の意味がわからないところで止まります。「いみじ」や「かたはらいたし」でつまずいた感覚が残っているうちに、語彙の土台を作ってしまうのが最短ルートです。
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【驚きの後日談】この話の23年後、隆家は国を守る英雄になった
ここまでの隆家は、姉の部屋で扇の骨を自慢する10代の若者でした。ところが彼の生涯を追うと、まったく違う顔が現れます。この段を読んだ人にこそ知ってほしい後日談です。
まず起点を確認する ─ 隆家のその後を年表で
この話のあと、隆家の人生は急降下し、そこから思いがけない形で立ち上がります。年表で追ってみましょう。
| 年 |
隆家の年齢(数え) |
出来事 |
| 979年 |
1歳 |
関白・藤原道隆の子として誕生 |
| 989年 |
11歳 |
元服。従五位下に叙される |
| 995年 |
17歳 |
権中納言に就任。同年、父・道隆が死去 |
| 996年 |
18歳 |
長徳の変。花山法皇の一行に矢を射かけ、出雲権守に左遷 |
| 1014年 |
36歳 |
眼病治療を名目に大宰権帥に任じられる(赴任は翌1015年) |
| 1019年 |
41歳 |
刀伊の入寇。現地の武士を率いて撃退 |
| 1044年 |
66歳 |
正月に死去。享年66 |
年表の分かれ目は996年です。この話のわずか1年後、隆家は人生最大の転落を経験します。そして左遷から立ち直った先に、彼の名を歴史に残す出来事が待っていました。順に見ていきます。
996年 長徳の変 ─ 兄弟で法皇に矢を射かけてしまう
996年(長徳2年)正月、兄の伊周の女性問題をきっかけに、伊周と隆家は花山法皇と対立します。隆家は従者に命じて法皇の一行に矢を射かけさせ、矢は法皇の袖に当たったと『栄花物語』は伝えます。相手は元天皇です。言い逃れのできない大事件でした。
花山法皇とはどんな人物か 陰陽師・安倍晴明も登場!?意外とドラマチックな『花山院の出家』をわかりやすく紹介
この事件を最大限に利用したのが、叔父でありライバルでもあった藤原道長です。責任を追及された兄弟は、伊周が大宰権帥、隆家が出雲権守へと左遷されました。道長と伊周の出世争いは、これで道長の勝利に終わります。
道長と伊周の対立を描いた名場面 大鏡「競べ弓(弓争い・南院の競射)」あらすじ・現代語訳・登場人物・道長の性格をわかりやすく解説!
定子は自ら髪を切り、出家した
兄弟は左遷の命に従わず邸に籠もり、定子は内裏を出て二条北宮に移りました。伊周は妹の定子を頼って二条北宮に逃げ込みます。しかし検非違使による捜索が行われ、隆家は逮捕、逃亡した伊周も捕らえられました。なお隆家は、病を理由に配所の出雲へは向かわず但馬にとどまったと伝えられます。
兄弟の失脚を受けて、定子は身重のまま自ら髪を切り、出家してしまいます。宮廷生活に絶望したのかもしれません。翌997年、一条天皇の生母・東三条院詮子の病気にともなう大赦によって兄弟は召還され、定子も天皇の希望で再び宮中に迎えられました。しかし1001年(長保2年12月)、媄子内親王を出産した翌日に亡くなります。数え25歳の若さでした。
【意外な事実】隆家は眼病治療のため、自ら九州へ赴任を願い出た
左遷ではなく、志願だったのです
隆家は三条天皇の代に眼病を患います。そして大宰府には大陸から渡ってきた名医がいると聞き、その治療を名目に大宰権帥への任官を望みました。1014年(長和3年)に任じられ、翌1015年に赴任します。中央での出世よりも治療を選んだ判断でした。
結果として、この選択が日本の歴史を変えます。もし隆家が京都に留まっていたら、5年後の事件に対応できる人物は現地にいませんでした。
1019年 刀伊の入寇 ─ 隆家が九州を守った
1019年(寛仁3年)、対馬・壱岐から筑前にかけて、大陸から来た「刀伊」と呼ばれる集団が襲来しました。多数の船で沿岸を襲い、住民を殺害・連行する事態となります。刀伊は女真族とみられています。
- 隆家は大宰権帥として、現地の武士たちを指揮しました
- 朝廷の指示を待たず、独自の判断で防衛戦を展開します
- 結果、刀伊を撃退することに成功しました
- この戦いは、地方武士の実力が中央に示された出来事としても知られます
宮中での出世はかないませんでした。しかし隆家は、激しくも一本気な性格で、政敵の道長からも評価されたと伝えられます。扇の骨を自慢していた17歳の若者が、23年後には国境を守っていた。この一段を読むとき、その未来まで知っていると、隆家の「笑ひたまふ」がまったく違って見えてきます。
3人が動く姿を映像で見る
文字だけだと、3人の距離感や宮中の雰囲気はつかみにくいものです。2024年のNHK大河ドラマ『光る君へ』には、隆家・定子・清少納言がいずれも登場します。同じ時代を舞台にした作品を見てから読み返すと、人物像が立体的になります。
平安中期の宮中を映像で
大河ドラマ『光る君へ』完全版|TSUTAYA DISCAS「定額レンタル8ダブル」
吉高由里子主演×大石静脚本でおくる、話題の大河ドラマ第1巻。
『源氏物語』を生み出した紫式部の生涯を、想像力豊かに描き出す平安絵巻——。
平安中期、藤原為時の娘・まひろは、身分を隠したひとりの少年・三郎と運命的に出会います。惹かれ合うふたりは再会を約束しますが、その先に待ち受けるものとは……?
千年の時を超えて愛される物語の"始まり"が、ここにあります。
- 隆家・定子・清少納言が登場し、3人の関係が映像で追えます
- 装束や調度、扇の使い方など、当時の作法が目で確認できます
- 「定額レンタル8ダブル」の新規会員登録から利用できます
TSUTAYA DISCASの詳細を見る
※A8.net経由のリンクです(PR)
定期テスト想定問題10問(解答・解説つき)
理解度を確認しましょう。実際のテストで問われやすい形式で10問用意しました。「解答を見る」を押すと答えが表示されます。まずは見ずに考えてみてください。
敬語の問題(4問)
問1「参りたまひて」の「参り」は誰から誰への敬意を表しているか答えなさい。
解答を見る
解答:作者(清少納言)から、訪問先である中宮定子への敬意。
解説:「参る」は「行く」の謙譲語です。謙譲語は動作を受ける側を高めるので、訪問先の定子への敬意になります。
問2「問ひ聞こえさせたまへば」に使われている敬語をすべて抜き出し、それぞれの種類を答えなさい。
解答を見る
解答:「聞こえ」=謙譲語、「させ」=尊敬の助動詞、「たまへ」=尊敬の補助動詞。
解説:尊敬語が2つ重なっているため二重敬語(最高敬語)です。動作主の定子を高め、同時に「聞こえ」で質問の相手である隆家も高めています。
問3本文中で最高敬語が使われているのはなぜか、理由を説明しなさい。
解答を見る
解答:動作主の定子が一条天皇の中宮であり、最上級の敬意を払う必要がある身分だから。
解説:最高敬語は天皇や中宮といった最上位の人物に用いられます。中納言の隆家には通常の尊敬語しか使われていません。
問4「はべり」の敬語の種類と、本文中で誰が使っているかを答えなさい。
解答を見る
解答:丁寧語。隆家が定子に対して使っている。
解説:丁寧語は話し相手を高めます。本文の「はべり」はすべて隆家のセリフのなかにあり、聞き手である定子への敬意です。
語句の意味(3問)
問5「かたはらいたし」の意味を答えなさい。
解答を見る
解答:聞き苦しい、そばで見ていて気恥ずかしい。
解説:現代語の「片腹痛い(ばかばかしい)」とは意味が異なります。清少納言が自分の自慢話を自覚している表現です。
問6「さらにまだ見ぬ骨のさまなり」の「さらに」の意味を答えなさい。
解答を見る
解答:まったく(〜ない)。
解説:下の打消「ぬ」と呼応します。「その上」「もっと」ではありません。訳は「まったくまだ見たことのない骨の様子だ」となります。
問7「いかがはせむ」を現代語訳しなさい。
解答を見る
解答:どうしようもない。
解説:係助詞「は」があるため反語になります。「どうしようか」と疑問で訳すと誤りです。
内容理解(2問)
問8「さては、扇のにはあらで、くらげのななり」と清少納言が言った意図を説明しなさい。
解答を見る
解答:隆家が「見たことがない骨」と言ったのを「存在しない骨」と読み替え、骨を持たないクラゲの骨のようだと切り返して、機知を示した。
解説:「面白さ」を問う設問では、清少納言の教養と機知が中心だと書くことが必須です。
問9最後の一文で筆者が「一つな落としそと言へば」と書いた理由を説明しなさい。
解答を見る
解答:自分の機知が褒められた話をそのまま書けば自慢話になってしまうため、周囲に書けと言われたからだという言い訳を添えて書き残そうとしたから。
解説:書きたい気持ちと自慢を避けたい気持ちの両方を読み取るのが要点です。
文法(1問)
問10「隆家こそいみじき骨は得てはべれ」について、係助詞と結びの語・活用形を答えなさい。
解答を見る
解答:係助詞は「こそ」、結びは「はべれ」で已然形。
解説:「こそ」の結びは已然形です。「ぞ・なむ・や・か」は連体形になるので、区別して覚えてください。
よくある質問
検索でよく寄せられる疑問に、まとめて答えます。気になる項目をタップしてください。
「中納言」と「隆家」は同じ人物ですか?
同じ人物です。「中納言」は官職名、「隆家」は本名です。平安時代は官職名で人を呼ぶ習慣があったため、同一人物が2通りの呼び方で登場します。本文中で隆家が自分を「隆家こそ」と名乗っているのも、当時の話し方です。
第102段ですか、第98段ですか?
どちらも見かけます。『枕草子』は写本によって段の区切り方が異なるため、番号がずれるのです。一般には三巻本の第102段として紹介されます。テストでは学校の教科書の表記に合わせてください。
「大納言殿参りたまひて」とは別の話ですか?
別の段です。「大納言殿参りたまひて」は、隆家の兄である藤原伊周が登場する別の章段です。タイトルが似ているため混同されやすいので、どちらを指定されているか確認してください。
この話はいつの出来事ですか?
正確な日付は不明です。ただし隆家が中納言だったのは995年から996年ですので、その期間の出来事と考えられます。隆家は数え17〜18歳、定子は19〜20歳、清少納言は30歳前後です。
大河ドラマ「光る君へ」に出てきた人たちですか?
はい。2024年のNHK大河ドラマ『光る君へ』には、藤原隆家・中宮定子・清少納言がいずれも登場します。長徳の変や刀伊の入寇も物語のなかで扱われました。
クラゲには本当に骨がないのですか?
ありません。クラゲは刺胞動物で、体は寒天質からなり骨がありません。脳も心臓もなく、体に広がる神経のネットワークで動きます。だからこそ「クラゲの骨」は存在しないもののたとえになります。
まとめ + 次に読む記事
『枕草子』第102段「中納言参りたまひて」を、原文・現代語訳・品詞分解・敬語の4方向から整理しました。最後に要点を確認しましょう。
- 作者は清少納言、ジャンルは随筆、日記的章段に分類されます
- 登場人物は隆家(約17歳)・定子(約19歳)・清少納言(約30歳)の3人です
- 面白さの核心は、清少納言が「見たことがない」を「存在しない」に読み替えた機知にあります
- 蝙蝠扇は紙を片面だけに張るため、骨が人目に触れました。だから骨が自慢になります
- 敬語は17か所。最高敬語は定子に対する1か所だけです
- 係り結びは3か所。「こそ」は已然形、「か」「なむ」は連体形で結びます
- この話の23年後、隆家は刀伊の入寇で九州を守りました
登場人物と扇の古典常識、そして最高敬語の考え方が押さえられれば、この段は決して難しくありません。「わかった」と思っていただけたなら幸いです。
『枕草子』をもっと読みたい方へ
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『源氏物語』とともに王朝文学を代表する随筆集です。清少納言のたぐいまれな感性で描かれた宮廷生活が、初めて古典を読む人向けの現代語訳で収められています。
- 初めて古典を読む方のための現代語訳。現代語だけでも読み通せます
- 原文には総ふりがなつき。音読や原文確認にも使えます
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- ※紙版から口絵または挿絵の一部が未収録となっています
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出典・参考資料
本文の記述は、以下の資料で内容を確認しています。
作品・作者・章段について
原文・現代語訳・品詞分解
- 国立国会図書館デジタルコレクション/国文学研究資料館「新日本古典籍総合データベース」(『枕草子』諸本)
- コトバンク「精選版 日本国語大辞典」各語項目(いみじ・かたはらいたし・おぼろけ等の語義)
- コトバンク「係り結び」「助動詞」「補助動詞」(日本大百科全書/精選版 日本国語大辞典)
登場人物
扇(蝙蝠扇・檜扇)
クラゲ
敬語
- コトバンク「敬語」「尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」(精選版 日本国語大辞典/日本大百科全書)
- 「奉らせたまふ」に2通りの品詞分解があり、中納言への二重尊敬を避けるため謙譲語「奉らす」+尊敬「たまふ」と解する点は、高校古文の解説(スタディサプリ進路 掲載記事ほか)で一般的な扱いを確認しています。
想定問題
- 文部科学省「高等学校学習指導要領」(国語/言語文化)
※本文中の年齢は数え年で表記しています。生没年や事件の年月には諸説があり、上記の各出典で表記が異なる場合があります。