「人間万事塞翁が馬って何て読むの?どんな意味?」
「人間万事塞翁が馬の由来やエピソードとは?」
「山中教授と人間万事塞翁が馬の関連とは?」
このページをご覧の皆さんはそのような疑問を持っているかもしれません。
人間万事塞翁が馬とは、『淮南子』という本に記された中国の故事です。
この言葉の意味は、
一見、不運に思えたことが幸運につながったり、その逆だったりすることのたとえ。幸運か不運かは容易に判断しがたい、ということ。
出典:『淮南子』
2012年にノーベル生理学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授は、著書『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』の中で、この「人間万事塞翁が馬」を自分が好きな言葉として紹介しています。
今回は「人間万事塞翁が馬」の読み方や意味、由来、エピソード、山中教授や芦田愛菜さんのお話についてまとめます。
「人間万事塞翁が馬」の読み方
「人間万事塞翁が馬」は次の二通りの読み方がよく知られています。
①「にんげんばんじさいおうがうま」
②「じんかんばんじさいおうがうま」
二通りの読みがあるのは、「にんげん」と「じんかん」に意味の違いがあるからです。
「にんげん」は、人そのものを指す言葉。
「じんかん」は、世間・世の中を指す言葉です。
現在は、人間の人生において何が起きるかわからないという意味から「にんげんばんじさいおうがうま」の読みを採用することが多いようです。
故事の内容から考えると、人の一生で何が起きるかわからないという内容の方がしっくりくるからでしょう。
ただ、「じんかん」と読んで世の中は何が起きるかわからないと読み解いても意味は通じます。
だから、二通りの読みがあるのではないでしょうか。
ちなみに、今回の記事を書くため引用した『精選版 日本国語大辞典』では、「にんげん」を採用しています。
「人間万事塞翁が馬」の由来
『淮南子』とは
『淮南子』は前漢の武帝の時代に、地方領主の一人だった淮南王劉安が学者たちに命じて編纂させた思想書です。
『淮南子』は「えなんじ」と読みます。
『淮南子』に収録された話は、道家思想を中心に儒家・法家・陰陽家などの思想にもとづく話が書かれています。
「人間万事塞翁が馬」もそうした話の一つで、「人間訓」という項目の一つとして収録されました。
「人間万事塞翁が馬」の故事の内容
昔々、中国の北の端、遊牧民との国境沿いに老人が住んでいました。
砦(塞)の近くに住んでいたことから「塞翁」と呼ばれていました。
ある時、塞翁が飼っていた馬のうち一頭が牧場から逃げ出しました。
人々は「災難だったね。」と慰めると塞翁は「いや、これがどんな良いことにつながるわからないよ」といいました。
しばらくして、逃げた馬は北の草原から大勢の優秀な仲間を引き連れて帰ってきました。
周囲の人は「すごいラッキーだね!」と口々に言いましたが、塞翁は「いや、これがどんな悪いことにつながるかわからない」といいました。
しばらくして、塞翁の息子が連れてきた馬にまたがったところ落馬してしまい大けがを負いました。
塞翁はこれも良いことにつながるかもしれないと周囲に言いました。
それから間もなく、突如として遊牧民が国境を越えて攻め込んできました。
塞翁の集落の人々も兵士として動員されましたがほとんどが戦死してしまいました。
塞翁の息子はケガをしていたので徴兵を免れ生き残ることができました。
人生は吉凶・禍福が予測できない。これが塞翁が馬の教訓でした。
「塞翁が馬」の背景にあった中国と遊牧民の関り
中国大陸の北方には遊牧民たちがいて、彼らは馬に乗ることが巧みで戦いが上手でした。
騎馬軍団のスピードは歩兵とは段違い。数では中国軍が優勢でもスピードに勝る遊牧民に勝つのは至難の業でした。
キングダムで有名な秦の始皇帝。
彼は、遊牧民とたびたび戦うだけではなく彼らが中国に攻め込めないよう、壁を作ることにしました。
それが万里の長城です。
あれだけ長大な建造物を作ったのは、それだけ中国にとって遊牧民族の攻撃が脅威だったからです。
実際、遼や金、元、清といった遊牧民・半遊牧民が長城を越えて中国を支配することもありました。
それだけ、遊牧民は強力だったのです。
芦田愛菜さんが紹介!山中教授と「人生万事塞翁が馬」の関りとは?
2017年5月22日、TBS系列で放送された「一番だけが知っている」の中で、芦田愛菜さんが最も感動した本を紹介していました。
彼女は読書家としても知られています。
2019年に彼女が出した『まなの本棚』は、読書の手引きとしてとても面白かったです。
彼女の読書愛やお勧めの本などが掲載されており、読書感想文で困っている小中学生がいたらお勧めしたいなと思いました。
さて、その彼女が最も感動した本として紹介したのは山中伸弥教授の自伝『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』です。
このなかで、山中教授は人間万事塞翁が馬の故事を引用し、簡単なあらすじを紹介しながら、自分の研修医時代のエピソードを語っています。
医学部卒業後、山中教授は研修として働き始めます。
その病院は最新設備が整っており、良い施設で研修できると喜びました。
しかし、そこで彼を待っていたのは過酷な研修医生活でした。
研修医時代、山中教授は指導医から「ジャマナカ」とよばれました。
手術に時間がかかり、手術の邪魔ばかりするという意味でつけられたあだ名です。
研修の2年間、彼は本名を呼ばれず「ジャマナカ」といわれ続けました。
整形外科の臨床医として壁にぶつかったことで彼は研究者の道に進むことができたと語っています。
もし、彼が壁にぶち当たっていなかったら、ノーベル賞を取る研究者になっていなかったでしょう。
人生何が起きるかわからないという良い例かもしれません。
さいごに
これは、自分自身の人生を考えてみても当てはまるように思います。
例えば仕事をやめて転職した時。辞めるときは「これからどうしよう」と不安になりますが、新しい仕事との出会いで価値観が大きく変わり視野が広がることもあるでしょう。
ちょっとしたことで小金を手にし、そのお金を人に貸してしまうことで人間関係にひびが入ったこともありました。
まさに、人生はどうなるかわからないものです。
良いことが起こっても舞い上がらず、悪いことが起こっても落ち込みすぎない。
なかなか難しいですが、心したいものです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。