うつくしきもの。瓜にかきたるちごの顔。
この文を学校で習った方も多いのではないでしょうか。
この「うつくしきもの」は平安時代に生きた清少納言の『枕草子』の一説です。
自分が「うつくし」と思ったものを次々に挙げていく清少納言の文は、自分の好きなことを語る現代人と重なるところがあります。
今回は清少納言のプロフィールや『枕草子』の紹介、「うつくしきもの」のわかりやすい訳や注意すべき古文単語を紹介します。
ぜひ、楽しんで読んでください。
清少納言のプロフィール
清少納言は平安時代中期に生きた女流文学者で、藤原道長や一条天皇、中宮定子、紫式部と同じ時代に生きた人です。
といっても、正確な生年月日や本名は不明です。
清少納言という名前は父の清原元輔(きよはらのもとすけ)の「清」と一族で少納言になった人がいたことから「少納言」が結びついてできた女房名(職場での呼び名)です。
宮中に仕える女性は本名を使わないのが一般的で、彼女も「清少納言」という職場の通称で呼ばれていました。
父親の清原元輔は下級貴族でしたが「梨壺の五人」に選ばれる有名な歌人で、曾祖父の清原深養父(きよはらのふかやぶ)は『古今和歌集』の代表的歌人でした。
清少納言は幼いころから文学や和歌に接していたことが想像できます。
974年(天延2年)元輔が周防守として山口県に赴任した際に同行し、現在の防府市で過ごしていたことがわかっています。
981年ころ、橘則光(たちばなののりみつ)という人物と結婚します。
則光は武勇に優れた人物で『金葉和歌集』にも作品が収録されている人物ですが、清少納言のなぞかけに気づかなかったり、和歌が極端に嫌いだったりとあまり清少納言と相性が良くない性格でした。
彼らの間には息子の橘則長が生まれましたが、根本的に相性が合わない部分があったのか、夫婦は疎遠になってしまいました。
998年(長徳4年)に二人は別居し、その後、清少納言は藤原棟世(ふじわらのむねよ)と再婚して娘を設けました。
993年(正暦4年)の冬頃から一条天皇の后である中宮定子に仕え、彼女が亡くなる1000年(長保2年)ころまで宮中に仕えていたといいます。
清少納言が仕えた中宮定子はどんな人?
藤原定子は中関白(なかのかんぱく)と呼ばれた藤原道隆の娘で、藤原伊周の妹、藤原隆家の姉でした。
定子の母親である貴子は女性でありながら男性の学問とみなされていた漢文にも通じ、殿上の宴に招かれるほどの才女でした。
父の道隆は軽口を好み大酒のみだったという側面はありますが、明るく朗らかな人柄だったといいます。
そのうえ、容姿端麗で人に対する気配りができる度量の広い人物だったといわれています。
990年(正暦元年)、中関白家と天皇家の結びつきを強めたかった道隆の意向で一条天皇の中宮として宮中に入りました。
律令の規定に従えば太皇太后・皇太后・皇后の席はすでに埋まっているため、定子は女御より上の地位には就けなかったのですが、道隆は強引に定子を皇后並みの中宮としたため、世間の反感を買ってしまいます。
中関白家の栄華と没落を知りたい方はこちらの記事もどうぞ。
しかし、個人としての定子は父の明るさと母の聡明さを引き継いでいたため、一条天皇の寵愛を受けることとなります。
のちに、兄の伊周や弟の隆家が道長との争いに敗れて失脚しますが、一条天皇の愛は継続しました。
999年に一条天皇の第一皇子である敦康親王を、1000年に第二皇女の媄子内親王(びしないしんのう)を出産しましたが、定子は媄子内親王を生んだ翌日に亡くなってしまいました。
享年24歳という若さでした。
定子は鳥辺野の南に埋葬されました。
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定子の遺詠は「夜もすがら 契りし事を忘れずは 恋ひむ涙の色ぞゆかしき」は『御拾遺和歌集』に収められています。
「夜もすがら」は一晩中、「契りし事」は約束したことです。
「ゆかし」は心が惹かれることです。
直訳すれば、「毎晩、約束したことを忘れていないならば、恋した涙の色も心が惹かれることでしょう」となります。
約束した相手は一条天皇です。
定子は自分が死んだ後に一条天皇が流す涙の色を切実に知りたがっています。
もし本当に自分のことを心から愛してくれていたなら、血のような涙(血涙)を流してくれるだろうと思っているからです。
一条天皇と定子が相思相愛だったことがうかがわれるエピソードです。
清少納言が就いていた「女房」はとても重要な役!
定子や藤原道長の娘である彰子には多くの女房(にょうぼう)が仕えていました。
彼女たちは中下級貴族の娘で、上級貴族の娘である后たちに仕えていました。
といっても、食事の世話や掃除・洗濯といった使用人のような仕事をしていたわけではありません。
仕える主である后の着替えを手伝ったり、身の回りの品物を管理したり、髪の手入れを手伝ったりと后にとって非常に身近な存在でした。
貴族の男性が貴族の女性に接触をはかるとき、まっさきに和歌を手渡したのが女房達です。
彼女たちの影響力がとても強いことをわかっていたからこそ、男性たちは女房の機嫌を損ねないようにふるまっていました。
天皇の后に仕える女房の最も重要な任務は、天皇を自分の主である后のもとに呼び寄せることでした。
天皇は複数の后がいるのが当たり前であったため、自分の主のもとに天皇を呼び寄せるのはとても大変です。
そこで、女房達は自分の主である后の魅力を最大限引き出すための教養や才知を磨くための手助けをしました。
藤原道隆は定子のために漢文や和歌の知識に優れた清少納言を女房としてスカウトします。
一方、一条天皇のもう一人の后である彰子(藤原道長の娘)には女房として紫式部や和泉式部、赤染衛門などが仕えました。
和泉式部は恋多き女性詩人で百人一首の歌人の一人として知られています。
彼女の娘である小式部内侍も歌人として名をはせました。
小式部内侍について知りたい方はこちらの記事もどうぞ!
和泉式部と並んで当代随一の評判で、鎌倉時代の鴨長明などは和泉式部よりも高く評価しています。
道長が彰子のために紫式部・和泉式部・赤染衛門といった一流の女性をスカウトしたのは、一条天皇の寵愛が定子にあることを知っていたからでしょう。
『枕草子』はどんな本?
鎌倉時代前期の鴨長明が書いた『方丈記』、鎌倉時代末期の吉田兼好(卜部兼好)が書いた『徒然草』とならぶ日本三大随筆の一つです。
随筆は、基本的に筆者の体験談をベースにしたエッセイです。
『枕草子』であれば、清少納言の体験談や彼女が感じたことなどが書かれています。
随筆を読むポイントは、「筆者がどう考えたか」を意識することです。
私たちは文章を読むとき、つい、「自分なら別なことを感じる」と思いがちです。
もちろん、読書の感想として自分の感想を持つことはよいのですが、随筆を読むときは筆者が感じたことをそのまま受けとるようにすることが大切です。
『枕草子』に書かれている文章を分析すると…
枕草子は全部で300の章段に分けられますが、大まかにみると3つに区分できます。
- 類聚的章段
- 随想的章段
- 日記的章段
類聚的章段とは、同じことがらを集めて論じている部分です。
「心ときめきするもの」「すさまじきもの」といった特定のお題に沿って文章を書いています。
随想的章段とは、清少納言が思ったことを自由に書いている部分です。
中学生が習う「春はあけぼの」という文章は、清少納言が四季の移り変わりについて思ったことを書いている部分ですので、随筆的章段といってよいでしょう。
日記的章段とは、定子の女房として宮中で過ごした日々を回想録として書いていう部分です。
「雪のいと高うう降りたるを」や「中納言参りたまひて」などは日記的章段に当たります。
詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。
「うつくしきもの」は類聚的章段の一つ
「うつくしきもの」は『枕草子』第145段の文章です。
清少納言が「うつくし」と感じたものを次々と書いている内容ですので、類聚的章段に分類されます。
「うつくし」は現在の美しいとは少し意味が違い、可愛らしい様子や可愛らしいものをあらわすときに用いた言葉です。
つまり、「うつくしきもの」は、清少納言が「かわいい!」と思ったものを、ひたすら書いていると考えるとよいでしょう。
「うつくしきもの」の本文意訳
「うつくしきもの」は清少納言の思ったことを書き連ねている部分で、かつ、定子を含む高貴な人が全く登場しないことから敬語も出てきません。
そのため、本文を忠実に直訳するだけでだいたいの意味がわかります。
ただ、直訳では前後関係が少しわかりにくい分になるため、ある程度捕捉しながら意訳したほうがイメージをつかみやすくなるでしょう。
それでは、「うつくしきもの」の意訳をしてみましょう。
かわいらしいものといえば、瓜に描いてある幼い子どもの顔。
(人が)ネズミの鳴き声をまねると、雀の子が踊るようにやってくること。
二、三歳くらいの幼児が、急いで這ってやってくる途中に小さなごみを目ざとく見つけて、とてもかわいい指でつまんで大人に見せている様子は実にかわいい。
髪型を尼そぎにしている幼児が、目に髪が覆いかぶさっていても払いのけずに、首をかしげながら何かのものを見ている様子もかわいい。
あまり大きくない殿上童が立派な着物を着せられて歩き回っている様子もかわいい。
愛らしい幼児が、少し抱いて遊ばせてかわいがっているうちに、(抱いている大人に)しがみついて寝入ってしまったのはたいそうかわいらしい。
人形遊びの道具や蓮の浮き葉でたいそう小さいのを池から取り上げた。
葵(の葉)でとても小さいものなど、何もかも小さいものはみんなかわいい。
二歳ぐらいのたいそう色白で太った幼児(着ている薄紫色の薄物の着物の丈が長くて袖をたすきでくくり上げている)が、ハイハイして出てきたのもかわいいし、丈が短く袖ばかり目立つ目立つ着物を着て子どもが歩き回るのも、みんなかわいい。
八歳、九歳、十歳くらいの男の子が子供っぽい声で漢文を読んでいるのも体操かわいい。
白くて愛らしく、足が長く見てる鶏のひなが、着物の丈が短いといった様子でやかましく鳴き、人の後ろや先に立って歩きまわるのもかわいい。
親鳥がひなを連れて一緒に走るのもみんなかわいい。
カルガモの卵やガラス製の壺(も、かわいい)
多少、原文よりも言葉の順番などが前後していますが、概ね上の内容がわかれば「うつくしきもの」の概要は理解できでしょう。
用語チェック
「ねず鳴き」:ネズミの鳴きまねのこと
「をかしげなる指(および):愛らしい指、をかしげなりの連体形
「尼そぎ」:髪を肩から背中のあたりで切りそろえた髪型
「かきはやらで」:かき+は+やら+でと分解可能。「かき」は払いのける、「は」は強調、「やら」は~する、「で」は打消しとなります。訳すると、「払いのけもせずに」となる
「殿上童」:上流貴族の子ども
「二藍」:色の名前で、藍と紅花でそめた薄紫色のこと
「薄物」:薄い織物で夏の衣服
「短きが袖がちなる」:短い着物で袖ばかりが目立つ。この「が」は同格の格助詞
まとめ
今回は『枕草子』第三弾として「うつくしきもの」をとりあげました。
敬語がなく、特定の登場人物が現れないことから初心者向けの文といってよいでしょう。
しかし、同格の格助詞や強調の構文などが登場するため、決して簡単に読めるというわけではありません。
定期テスト前は、文法や単語を中心にしっかり復習するとよいでしょう。