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「諸行無常とは?」「諸行無常の響きはどういう意味の言葉?」わかりやすく解説!

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諸行無常”って何?

諸行無常の響き”ってどういう意味?

平家物語』の冒頭文の意味とは?

 

このページをご覧の皆さんはそんな疑問を持っているかもしれません。諸行無常」は仏教の用語で、すべての物事は移り変わり一つとして永久不滅なものはないという意味です。

 

平家物語』の冒頭文「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」は琵琶法師の弾き語りでも有名な場面です。

 

今回は諸行無常の意味や『平家物語』冒頭部分の現代語訳についてわかりやすく解説します。また、諸行無常にまつわるエピソードなどについても紹介します。

 

 

古典に関心がある方は、こちらの記事もどうぞ!

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<a href="https://www.photo-ac.com/profile/2661963">ジャンカミ</a>さんによる<a href="https://www.photo-ac.com/">写真AC</a>からの写真

 

仏教における「諸行無常

諸行無常という言葉は、もともと仏教の経典に書かれた言葉です。

仏典の一つ『涅槃経』には、

 諸行無常 是生滅法 生滅滅己 寂滅為楽 

と書かれていますね。

 

全ての存在は移り変わり、これが生まれては滅するのが世界の法則である。

諸行無常の理を悟り、生への執着を捨て去れば、心の安楽を得られるだろう。

 

物事の変化を「あるべきもの」としてとらえ、受け入れることで心の安楽を得るというのは、日本の文学や歴史によく出てくる考え方ですね。

 

平家物語』の冒頭文「祇園精舎」の本文と現代語訳

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平家物語』を世の中に広めた琵琶法師

引用:琵琶法師 - Wikipedia

 

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。

おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。

たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

 

(インドで仏教を学ぶ場所だった)祇園精舎の鐘の音には、すべての物事は移り変わるという諸行無常を思い起こさせる響きがあります。

 

(釈迦が亡くなったときに近くにあった)沙羅双樹の花の色は、盛者必衰という世の理をあらわしています。

 

おごり高ぶる人の(繁栄・栄華)は長く続かない。まるで、春の夜の夢のように(はかない)のだ。

 

強いものもいつかは滅びてしまう。まったく、風の前の塵と同じだ。

 

遠くの異朝をとぶらへば、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱忌、唐の禄山、

これらは皆、旧主先皇の政にも従はず、

楽しみを極め、諫めをも思ひ入れず、

天下の乱れんことを悟らずして、民間の愁ふるところを知らざつしかば、

久しからずして、亡じにし者どもなり。

 

遠い外国(中国)の王朝を思い浮かべると、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱忌、唐の安禄山

 

これらは皆、元の君主や前の皇帝の政治に従わず、楽しみを極め、人から諫められることも聞き入れず、

 

天下が乱れていることを悟らず、民が心を悩ませ、愁いていることを知らなかったので、長く栄えることができず、ほろんだ者たちだ。

 

近く本朝をうかがふに、承平の将門、天慶の純友、康和の義親、平治の信頼、

これらはおごれる心もたけきことも、皆とりどりにこそありしかども、

間近くは六波羅の入道前太政大臣朝臣清盛公と申しし人のありさま、

伝え承るこそ、心も詞も及ばれね。

 

近いところで日本の例を思い浮かべると、

 

承平天慶の乱を起こした平将門藤原純友、康和年間に反乱を起こした源義親平治の乱で殺され藤原信頼

 

これらの者たちはおごる心がひどいことが、皆それぞれにあったが、

 

最近の例でいえば、六波羅の入道で太政大臣となった平清盛公のありさまは、伝え聞いていても言葉に表すことができないほどなのだ。

 

今に伝わる「諸行無常」にまつわるお話

無常観を感じ取ることができる「いろは歌

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諸行無常の日本版ともいえるのが「いろは歌」かもしれません。

 

いろはにほへと ちりぬるを

(色は匂へと 散りぬるを)

わかよたれそ つねならむ

(我が世誰ぞ 常ならむ)

うゐのおくやま けふこえて

(有為の奥山 今日越えて)

あさきゆめみし ゑひもせす

(浅き夢見じ 酔ひもせず)

 

美しい花すら散っていく

自分の生涯が、どうして不変だといえるだろう(いや、いえない)

無情なこの世を今日も生きる

浅い夢や、酔ったような幸せな気分を味わうことがないままに

 

鴨長明が書いた方丈記の冒頭文

 ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず

というのとも通じませんか?

 

鴨長明と同時代人の吉田兼好が書いた『方丈記』について知りたい方は、こちらの記事もどうぞ。

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災害が多い日本では、いつどんな急変があるかわからない。

そう思いながら昔の人が生きていたとしても、何も不思議はありません。

新型コロナウイルスによる激変も、「無常」の一つの表れに感じてしまいます。

 

 

身をもって諸行無常の理を示した檀林皇后

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檀林皇后、橘嘉智子

引用:橘嘉智子 - Wikipedia

 

世の中に、同じであり続けるものはない。

どんなに美しいものでも、いつか滅び去ってしまう。

そのことを、身をもって世に示そうとしたのが檀林皇后こと、橘嘉智子です。

 

橘嘉智子平安時代初期の嵯峨天皇の皇后。

檀林寺を創建したことから、檀林皇后とよばれます。

 

橘嘉智子は、深く仏教に帰依していました。

彼女は、死に臨み、身をもって諸行無常の真理を世に示そうとします。

 

嘉智子は、死んだあと、自分の遺体を埋葬せず、京都郊外の帷子辻(かたびらがつじ)に放置するよう遺言しました。

 

生前、僧侶さえ心を動かされてしまうほどの美貌を誇った嘉智子でさえ、諸行無常の理の前には、醜く腐りはて、地に帰ってしまうのだと世に示そうとしたといいます。

 

彼女が、醜く変化する様子を描いたのが「九相図」でした。

 

余りに醜く変わり果ててゆく彼女の様子を見て、彼女に心を寄せた者たちも無常を悟り、僧侶も修業に打ち込むようになったといいます。

 

諸行無常と知りつつ、一瞬の美に心を奪われた西行法師

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西行法師

引用:西行 - Wikipedia

 

一年のうち、わずか1~2週間だけ花を咲かせ、美しさの絶頂で散っていく桜。

この花ほど、諸行無常を象徴しているものはないでしょう。

古来、桜に心を奪われた歌人は数多くいます。

その中でも、西行法師ほど桜を愛した歌人は少ないのではないでしょうか。

 

 

室町時代能楽師世阿弥西行をモデルにした演目「西行桜」を書いています。

 

西行が住む庵には美しい桜の木がありました。

人々は、その桜の美しさを愛でるため、毎年、西行の庵を訪れます。

庵に来る人々を見ながら、西行

 「花見んと群れつつ人の来るのみぞ、あたら桜の咎にはありける」

桜を見たいと人々が群れ集ってしまうことが桜の罪だと詠いました。

 

その夜、老いた桜の精が西行のもとに現れ

 「桜の咎とは何か」

と尋ねます。

すると、西行

桜は、ただ咲くだけで咎などあろうはずはない

と答えました。

老いた桜の精は、西行に桜の名所を教えると舞を舞って姿を消しました。

 

3月20日からの3連休、多くの人々はコロナ疲れもあったのでしょうが、春の陽気に誘われて花見に出かけました。

西行に言わせれば、桜が悪いのではなく、桜に引き付けられる人間が悪いということなのでしょうか。

 

西行の残した歌に

 「願わくば 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ

というのがあります。

西行の命日は1190年の2月16日。

まさに、如月の望月(満月)のころでした。

西行が桜を愛しただけではなく、桜も西行を愛し、西行の望み通りに黄泉へといざなったのかもしれません。

 

さいごに

 

今回は、諸行無常をキーワードに檀林皇后や西行、100日後に死ぬワニについて話してみました。

今回の新型コロナウイルスも、「過去のこと」として語れる日が、少しでも早く来るといいなと思います。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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